水木しげる、最後のインタビュー
「生死について、人間について、自分が抱えていた疑問に答えてくれたのは、ゲーテの言葉だった」

世の中の99%は馬鹿です

水木 出版社は大変でしょう。まあ、今は世間が大変ですよ。

――戦時中のほうが大変だったんじゃないですか。

水木 死がすぐ隣りにあるからね。しかも水木サンは階級が一番下だからパチパチ殴られて。戦争が終わって帰ってきてからは、貧乏だったけど死の恐怖はないですよ。

――でも、貸本漫画を描いていた頃は、餓死した知り合いがいたということをエッセイに書いていますし、水木先生も原稿料が入る5日前からはたいてい絶食状態だったようですから、下手をすると死んでいたのではないですか。

水木 貸本漫画の世界には、餓死か成功かのふたつにひとつしかなかった。成功というのは雑誌漫画に移行して生き残ることですよ。貸本漫画は原稿料が少なかったから、どうしようもない。

ちょっと売れ出すと、少しは上げてくれるけど、編集者はいかにして(漫画家に支払う)マネーを削ろうかと考えてますからねえ。だから下手くそな漫画描きは、一生貧乏ですよ。やっぱりマネーがないと、餓死ですよ。

――水木先生は才能があったから雑誌に移行できて、成功をつかんだわけですね。

水木 そうそう。下手くそといわれても、それを素直に受け取れない人が8~9割いるんじゃないですか。そういう人は成功しにくいです。他人のいうことも聞かず、努力しない人は意外と多いねえ。

――ゲーテも「誰でも自分自身が一番よく知っていると思いこんでいる。それで多くの人が失敗をする」(127ページ参照)といっています。努力すれば、漫画家として日の目を見ることができるものですか。

水木 努力しないよりは、可能性は高くなりますよ。絵は描いていれば自然に上手くなる。描かずにおるとダメなんです。たくさん描くことがいいんです。ただ、ストーリーは才能が要るんです。

――努力に勝る才能はなし、ということでしょうか。

水木 才能が開花して伸びるかもわからんけども、お金が儲かるかといったら話は別です。「努力すれば人は救われる」とゲーテもいっていて、若い頃にはそれを信じてたけど、描けども描けどもちっとも売れず、やっと描き上げた漫画を持っていったら出版社が倒産するなんてこともよくありました。「努力は、人を裏切る」というわけです。努力に見合うマネーはなかなか得られなかったね。

――結果の善し悪しには運がつきまとうということですね。「精神の意思の力で成功しないような場合には、好機の到来を待つほかない」(80ページ参照)と。

水木 そうそう。ゲーテもいってますよ。

――創作には生みの苦しみがあると思うのですが、ストーリーを考えたり、描いたりするのは楽しいですか。

水木 苦しくはない。クソをするようなもんです。たまれば自然に出てくる。ひとつのストーリーが終わると、次は何を描こうかなってなもんです。

――水木先生の師匠は、評論家や紙芝居作家として活躍した加太こうじさんになるわけですか。

水木 加太さんには紙芝居のことをちょっと教えてもらいましたが、漫画について師と仰ぐ人は居ない。絶無ですよ。やっぱり自分の判断、それが師匠ですよ。