水木しげる、最後のインタビュー
「生死について、人間について、自分が抱えていた疑問に答えてくれたのは、ゲーテの言葉だった」

――ゲーテを読んで、死の恐怖からは解放されたのですか。

水木 生死について、当時抱えていた疑問にすべて答えてくれる感じだったけど、死の恐怖とはいつも隣り合わせでしたよ。敵の攻勢は強まるばかりだし、部隊長の訓示は悲壮になって、やたら決死とか玉砕と口走るようになりましたから。

――生きた心地がしない毎日だと、読書なんてする気にもなれませんね。

水木 いまから考えると、ベビィ(水木は幼少期のことをこう呼ぶ)の頃から低能だとか馬鹿だとかいわれてたけど、読んだものは暗記してるんです。ゲーテも新約聖書も喋れるくらい全部、暗記してたんです。

だから、ラバウルへいっていたときも、パッと思い出すんです。水木サンはそんなに馬鹿じゃなかったわけですよ。日常的に低能だといわれるものだから、うっかり信じてしまうところだった。

――子供の頃は算数の授業がある1時間目は毎日遅刻していたから、算数はできなかったそうですね。

水木 どういうわけか1時間目はいつも算数だったので、よく0点でした。兄貴や弟は学校に遅れまいとして朝食を食べずにあわてて家を出ていくんです。水木サンは兄弟の朝食も平らげてから、2時間目から登校するんです。

だから、兄貴なんかはみそくそにいうわけですよ。学校の成績が悪いから。でも、違う。賢いんです。見るものをちゃんと見て、読んでいるんです。

――ゲーテも「驚嘆するものだけを読みなさい」(106ページ参照)といっていますね。

水木 やっぱりゲーテ的な理解力というのはすごいと思いますねえ。それで水木サンは感服して、従ったんですよ。

――ラバウルまで持っていき、復員後に日本へ持ち帰ったという『ゲーテとの対話』の実物を拝見させていただきましたが、各所に傍線が引いてあって、ずいぶん熱心に読んだことがわかります。あの傍線はいつ頃引いたものですか。

水木 それは二十代のときですよ。ゲーテと比べると、ショーペンハウエルやニーチェは人間の見方が小さいというかねえ。大まかに見るおおらかさが必要なんだけど、それがないんです。

――どうしても小さな所にばかり目がいきがちですが、物事を大まかに見ることは必要ですか。

水木 必要です。ゲーテ的な見方をする水木サンは大人物なんです(笑)。

――人生の岐路に立たされたときは、ゲーテの言葉に従って生きてこられた感じですか。

水木 そうそう。

――93歳になったいまも、ゲーテ的に生きていたりしますか。

水木 水木サンの80パーセントはゲーテ的な生き方です。