ザッカーバーグはこれを読んで「未来」を見通している?

全米で話題のベストセラー『権力の終焉』
池田 純一 プロフィール

権力の「空白地帯」を埋める

『権力の終焉』は、主には政治経済的な、つまり国家や大企業を単位とした「マクロな権力」の衰退過程に焦点を当てていた。

だがFacebookによって、自らが挑戦者として既存のメディア社会に一撃を与えた実績をもつザッカーバーグから見れば、権力の衰退過程は同時に権力の空白地帯を生むように映り、その空白地帯を埋めることで新たな権力の均衡を導けると考えているようだ。

なぜなら権力とは、あまたある「力」の中でもとりわけ「他人に何かを行うよう、あるいは行わないよう強制することのできる能力」のことであり、人間集団、すなわち社会において生じる現象だからだ。

他でもない世界最大のソーシャルネットワークであるFacebookは、権力のベースとなる「人間集団=社会」の構成方法を変容させることが可能だし、実際変えてきた。ザッカーバーグならずとも、「権力の衰退」が生み出す「権力の空白地帯」を埋める、あるいは少なくとも干渉する存在として意識しないではいられない。

ここで「権力」と訳されたPowerの原義に戻り、「力」という視点から捉え直してみよう。そうした力の由来は政治的ものに限らないというのが、ナイムの着眼点であり主張である。

実際、ナイムもマクロではなくミクロな力(マイクロパワー)に注目している(本書の中国語版のタイトルは『微権力』)。このマイクロパワーはFacebookのようなソーシャルネットワークと相性がよい。

では、Facebookの上でどのようにしてミクロな力を編みあげ、大きな力(=権力)に練りあげるのか。

そのための方法の一つとして、ITはシミュレーションという手法を生み出している。

社会を多数の個体から成る集団と捉えるならば、それは人間の集団に限らない。社会は、猿のような動物や、蜂や蟻のような昆虫も形成する。そうした人間以外の集団行動を人間社会に当てはめた場合どうなるのか、と発想することは、コンピュータによる集団行動のシミュレーションが可能になった現代ではそれほど不思議なことではない。

そのような人間社会を斜めから見る視点は、ウェブ上のデータを渉猟し解析するビッグデータでも援用され得る。こうしたシミュレーション発想を使って、ミレニアル世代はインターネットを介して、現在進行形で「権力の創成」に取り組んでいる。Facebookもその一つである。