日本のお正月を彩る「松飾り」のその後は?
江戸時代から受け継がれる「幸田家のくらし」

青木 奈緒 プロフィール

鳥総松は、今では東京の街なかではほとんど目にすることがなくなった。

俳句の季語に残るのみというのがなんとも寂しい気がして、ここ数年、子どものころに見た景色を思い出して復活させている。あいにく門の脇には適当な場所がないため、庭へ入る敷石の両脇の地面に挿しているのだが、そこで気になるのは、鳥総松を挿したその後の処理だ。早々と小正月に引きあげてしまう方がいいのか、あるいはずっとそのまま置いて、茶色く枯れてから処分すべきか。母もそこまでは知らないという。

こういうとき頼りになるのは、祖母の代から家に来てくれる植木屋さんである。あちらも三代、こちらも三代で世話になっている。

「ああ、鳥総松、少なくなりましたね」

電話で話す親方の声もなつかしそうに響く。

「門松とか松飾りは、昔は鳶職の専門で、植木屋が扱うことはないんですけど」

とひと呼吸置いてから、今の親方の一代前は長いなじみのお得意さんからじかに頼まれると断り切れず、年末に門松をすえつけ、年明けに引きとりに行ったことがあった。その折に鳥総松を挿して帰ることがあったと話してくれた。

「留守居松とも呼んでましたね。昔はよく門の両側に松飾りを固定する真鍮の窪みがつくってありしましたし、地面に挿したところは、ここから根っこがはえてくるんだよ、なんて親父が言って。いや、めったにはえないんですけどね。だからこそ、たまにはえると縁起がいいって。え? 自分ですか? はえたところは見たことありません」

親方は笑いながら、片づけの話になると答えにつまった。

「自分たちは挿して置いてきちゃうわけですから、そのあとのことはどうもわかりませんね。いい加減なもんですよ」

ひっそり変わる年越しの景色

それでも私が知りたがっていると察してか、毎年、松の調達をする材料屋さんと鳶の親方を知っているから、聞いてみると約束してくれた。

返事があったのは、それから一週間ほど経ったころ。