日本のお正月を彩る「松飾り」のその後は?
江戸時代から受け継がれる「幸田家のくらし」

青木 奈緒 プロフィール

江戸時代から続く、幸田家の決まりごと

唯一、決まりごとに近いことが、松飾りにだけ残っていた。

若松は門の両脇に立ててあるだけで、青く針のような葉が邪気を払い、かすかな香りはあたりに清涼感をもたらしてくれる。松という木が持つ格に助けられて、慌ただしい年の瀬から清々しい新年へと気持を切替える。あとは庭のどこかに南天か千両の実が赤くなっていれば、新春の景色はそれでもう御の字なのである。

年が明ければ、三が日はあっという間に過ぎて、4日は仕事初め。そして7日の朝には七草粥というお宅も多いだろう。

その七草粥を頂く前に、家では松をおろしている。

松を立てる日は年末に数日の猶予があるが、おろすのは7日の朝日があがる前。起きるのがつらければ、6日の夜の内でも構わないから忘れずに、と普段きびしいことを言わない母がこの点だけは毎年気にかけている。くり返し言われるうち、いつか私もそういうものと思いこむようになっていた。

これが必ずしも一般的ではないと知ったのは、結婚して最初のお正月を迎えたときだった。6日の夕方からそわそわし始めた私に、生まれが関西の夫は、

「どうして松飾りをおろしちゃうの? お正月はもう終わり?」

と怪訝な顔をした。夫の家では小正月の15日を節目として松をおろし、どんど焼きで焚きあげる。そして、その火を家に持ち帰って炊くのが小豆粥だという。歴史的にはそちらの方が古いことは明らかで、夫は「関東の人はせっかちだからね」と笑う。

近所を見まわしても、松をおろす日はお宅によってまちまちなのに、なぜ母は頑なに7日の朝をまもるのだろう。理由を聞いても、「そういうものなのよ」というだけで、母も祖母からそう言われて育ったらしい。

「7日の朝日があがっているのにまだ松がついていたら、あそこのお宅はいつまでもおめでたいねって言われるのよ」