日本のお正月を彩る「松飾り」のその後は?
江戸時代から受け継がれる「幸田家のくらし」

青木 奈緒 プロフィール

松を立てる日

家々の門に飾られる松飾りは新しい年の神の依り代(よりしろ)となる。松を立てる日は、お正月の支度が始まるとされる12月13日以降ならいつでも構わないようだが、母は末広がりの縁起をかついで毎年、暮れの28日を選ぶことが多い。

「29日は九立て、大晦日も一夜飾りになるから避けるのよ。遅くとも晦日までに松を飾って。それも暮れてからじゃなく、なるべくなら明るいうちに。冬の日は短いから気をつけてね」

年越しの風習は地域によっても、家庭によってもそれぞれである。違いがあるところに郷土愛や家族を大切にする思いがはぐくまれるものだが、母方の家では曾祖父、露伴の他界とともにお正月の祝い方も大きく変わった。

露伴の晩年は戦争の時期に重なり、お正月の道具類はもちろん、小石川の蝸牛庵と呼ばれていた家も焼失した。終戦後、露伴は千葉県市川市菅野の仮住まいで亡くなり、祖母が配給の木材を工面して、小石川のもとの場所に建て直したときには、祖母と母ふたりの女所帯となっていた。

お正月がめぐっても露伴が壮健であったときのように大勢のお客様が年始挨拶に見えるわけでなし、喪が明けてからも、祖母が露伴のためにと思ってつくった家には主(あるじ)亡きあとの感が強かったのだろう。

やがて母は結婚して近くに新しい所帯を持ち、兄や私が生まれて小人数なりに家族も増えたが、その後もお正月はもっぱら家族そろって無事を祝う心の節目、心行かせでありつづけた。祝いのかたちとして私が祖母や母から特に守るべき何かを託された覚えはない。

ただ、時経て私が自分の所帯を持ち、お正月の支度を調える段になると、多少なりともかたちが必要だということにようやく思い至った。夫の希望を聞くほかは、拠り所となるのは、やはり自分が過ごしてきたお正月なのである。