「戦争、貧困がなければ、僕は物書きにはならなかった」
〜作家・開高健「幻の講演」を公開(後編)

「成人の日」特別企画
開高 健

外国人に話しかけられたときの逃げ方

先生は当時たいへんなモダンボーイで髭を生やしておられましたけども--先ほどお見かけしたら少し白いものが交じっていましたが--そんな破天荒な「アイライラレラ」の英語は教えてくださらなかった。当時からクイーンズイングリッシュを教えてくださった。

「アイライラレラ」は私の教養に反するんですけども、しかしその先生がそう言っているから本当らしい。ということから始まって私は耳をこちらに向けといて、粗茶をすすって、1時間じっと座ってる。

その先生の授業を聴きにいけばいいんだけれども、もしやまかり間違ってそこに出てた生徒が次のクラスに出ようかときまぐれおこしたら、どうなるか。授業料払って聞きにきている生徒と同じ教室にいる若いのが次の時間になると先生になるというのはどういうことだ、これはつっこまれたらまずかろうと思うんで、私は学校のために出なかったんです(笑)。それで「アイライラレラ」を一生懸命覚えた。

それで次の時間になると、チョークを持って出て行きまして、いろいろ歩き回りましてね。手紙というの「レター」と言いますけども、前の授業の先生は一行で「アイライラレラ」と言ってましたけど、わたしはそれを分解して一語一語教えていくんです。Rの発音とLの発音、諸君らも悩んでいるんでしょうけども。それから映画の話をするんですね。

どういうものか私の授業には、一番チケットが集まる。おそらく陰気くさくないというだけの話じゃないかと思うんです。学校の経営者してる人は、1ヵ月も経つとああよかった、君を雇ってよかったとおっしゃってくださって、年末よせばいいのに、職員合同の忘年会やろうと。アメリカ人のおばさんがやって来る、ニューヨーク滞在30年がやって来る、それが日本語がまだ少しというのでキタの中華料理屋でやってる。

私は恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがないが、やむをえない。家に帰ると妻と既に子が出来てまして待っているもんで、そういうことをやって大学生活をごまかした。ごまかしてばかりなんです。

奇々怪々なことが一つあって、そういう私がたまたま道に迷っているアメリカ人と出くわして、あんたどこ行きたいんですと聞くと、壁越しではあるけれどもニューヨーク30年の英語が耳に入っているもんですから、それ口から出てきたもんで、アメリカ人は棒飲んだような顔になって、道聞くより先に、その英語どこで手に入れたんだっていうんです。それはあっちゃこっちゃでって。

そこまではいいんだけれども、それ以上テキサスなまりで言われるともう何がなんだかわからなくなる。諸君らもやがてこういう外国人あるいは外国行ったらそういうことになると思うんで、このときにきれいに上品に逃げる逃げ方を一つだけ。私の口から苦心の発明を教えておきますけども、慌てちゃいけない。上ずっちゃいけない。空ばかり眺めていてもいけない。地面を眺めてはいけない。

大国の民らしく落ち着いて、ゆっくりと「あなたラテン語ができますか?」とこう聞くんですね(笑)。そうすると、いくらかインテリがかった、頭のはげかかったようなのは、これでギクっとなった顔する。ラテン語というのは彼らの弱味なんです。

子供の頃に教会通わなかったとか、日曜学校行かなかったとかで、ラテン語知らないというのはちょっと恥ずかしい。そのように感じているらしい。その弱点を僕は掴んだので、時々この手を使うんです。

しかし、あんまり使うと、いろんなこと言い出されたときに困ることになるんで、相手を見て、これは非インテリだなと(笑)、頭のはげてるわりには本読んでないなとこう見えたような奴には、この手をかますんですね。

「ああ残念です。僕は英語よりラテン語の方がいくらかできるので、あなたと自由に話ができないのが残念に思う……」(爆笑)。

酒飲んでもこれだけは言えるように叩き込んでおいて、日頃から、反射的に。それで残念でしたと言って微笑して去ればいい。向こうをへこました上で、君の立場は救われるわけです。ただし、相手をよくよく見てからやらないと駄目よ(爆笑)。オックスフォード出たとかプリンストン出たとか、一見して分かるような目のキラキラしたようなの捕まえて、あなたラテン語なんてこと言ったら、赤っ恥かくから、注意しておきなさい。