「戦争、貧困がなければ、僕は物書きにはならなかった」
〜作家・開高健「幻の講演」を公開(後編)

「成人の日」特別企画
開高 健

英会話学校でアルバイト

それで大学生になるんですが、高等学校の生徒のときも、大学の生徒のときも、私は偽学生であって、大阪市立大学の法科を卒業したことになっているんですが、これは出鱈目なんです。たまたま試験の書き方を僕は知っているだけで、学歴詐称みたいなもんなんです。あの頃のことを言われると、未だに背中がカーと熱くなってくる。

藤井先生の英語の偉大さをここでちょっと言っておきたいんですが、私はそういうわけでその後教室は出なくなったんです。自分で勉強したい。破天荒なことをちょっとやったんです、旧制高等学校の大阪高校に1年通ったんですけども、やっぱり同じようなアルバイトをして稼いでいたんです。

当時「白線帽」というとエライ尊重されていた。戦後になって、あるとき町を歩いていますと、電信柱を見ると--電子柱と私は青春時代から深い関係にあるんですけれども--ビラが貼ってある。そうすると--大阪英語会話学校に行っている生徒はここにいないでしょうな?--大阪英語会話学校がアルバイト学生を求むと書いてある。

行ってみると「大ビル」(旧大阪ビルジング)の地下にある。今でこそ大ビルはあれですけど、当時は焼け跡のあとに大ビルは毅然と建っている巨大ビルディングです。その地下に--英語会話学校よ、英語学校でなくて--英語会話学校というのがあって、アメリカ人の先生とかニューヨークに三十年滞在した住友の社員か重役かそんな人だとか、アルバイトによる英語会話を教えていらっしゃる。その学校のビラを貼ってくれと言われた。

ビラを貼ったんです。何日かたってお金をもらいにいきますと、白線帽に目を付けられまして、君、先生をしないかというんです。昨日電信柱にビラ貼っていた男が今日先生になるんですからね。いい時代だったですよ(笑)、考えれば。

それで、私もさすがに愕然としまして、まーその、といってお金は欲しいし、どういうふうにすればいいんでしょうと言うと、君は初級を受け持ってくれたらよろしいと。ここは初級、中級、上級とある、それからチケット制であるというんですね。つまり入るときに、どの級でもいいんですね。中級やと思えば中級に入る。上級やと思えば上級に入る。

チケットは皆同じなんです。ダンスホールみたいに入り口でチケットを買うんです。入るときに一枚ちぎって葉巻の箱の中に入れていくんです。チケットのたくさん集まった先生は、学校の経営者にとってはええ先生やということになるんです。その初級やれって言うんです。

初級はほかにも何人も先生がいらっしゃるんじゃありませんかと言ったら、君のために番組を作るよと言うんですね。今で言うと時間帯を。英語会話に興味を持たせてくれたら後はいいんだと。後はしっかりとした先生がいるからといって経営者の目が鋭くなる(笑)。つまり私はガイドの役目をして入り口までつれてこい、そしたらあとは達者なのがフィニッシュをやってくれるからとおっしゃるんです。

それでとにかくお金が欲しくてしょうがないから恥ずかしさもあるけども、じゃ、及ばずながらやってみましょうと。君もここで勉強したらいいよとその経営者が実にあけすけ率直でありがたかったです。

私はどうしたかというと1時間前に行くんです、私の授業の。私の授業の1時間前にやっぱり中級ぐらい教えている先生がいるんです。それがアメリカ人のおばさんだったりおじさんだったりするんですね。ニューヨーク滞在30年とかね。

それでその先生が、英語っていうのは難しいんでニューヨークなまりっていうのもあれば、ボストンなまりっていうのもある、青森弁もあれば鹿児島弁もあるっていうもんです。一概に英語会話っていったって難しいと言ってる。どうなるかというとそれで例えばI write a letter. 手紙を書く、ニューヨークで言うと「アイライラレラ」ということになる。私は愕然としまして、藤井先生はそんなこと教えてくれなかった(爆笑)。