「戦争、貧困がなければ、僕は物書きにはならなかった」
〜作家・開高健「幻の講演」を公開(後編)

「成人の日」特別企画
開高 健

悶々とした日々

エー、こんなことを言っていてきりがないんですが、あと何分くらいいいものでしょうか? 今14時10分なんですけど。14時半頃までやりますか。いいですか。諸君ら耐えられるかね(笑)。タンクは(拍手)。

これもまたとんでもない話なんですけれども、ムズムズするのは、そんなひどい生活をしていてもムズムズはするんで、戦争中からムズムズしていたんです。

愛国少年であることを強いられて、学校から新聞から雑誌から全部愛国教育で軍国教育で教えられて鬼畜米英というのを叫んでるわけです。それで和歌山にパットン戦車が上陸してきたら自分は地雷を抱いてキャタピラの下に飛び込んで自殺、壮絶な戦死を遂げるんだというようなことを夢に考えたりして。日本が勝てるとは思っていないんですけども、負けるということを大きな声を出して言うとみんながよってたかって、その男を除け者にしたり、叩いたりした。そういう時代だったんですけども。

アンリ・バルビュスという作家ですけども、『地獄』という小説がある。戦争中は読むものが、新しく出版されたものが何も無くて、本屋は伽藍堂なんです。老人の口みたいに伽藍堂なんです。虫歯が所々お年寄りの口に残っているみたいなぐらいに昔の本が、吉川英治『三国志』とかなんとかが残っている、その程度なんです。

だけども疎開していくときにあらゆる家庭から本がはじき出された。本まで持って疎開する人はないんで、これはまぁ、無限に本が読めた。大正期のエログロナンセンス時代から、全部読めた。

私がその後、安岡章太郎の世代から薄気味悪がられて、彼らが若いときに熱中して読んだ本を私が全部読んでいるもんですから、おまえ俺より十歳も下やのになんでそんなこと知ってんねん。というから、実は、これこれしかじか言ってやっとお許しが出るんですけども。

そういうわけで本だけやたらと多い。これがまた刺激のきつい本で、刺激がきついと言うのはぺけぺけぺけぺけ(笑)、まるまるまるまるまるまる、とか何字削除とか、五行省くとかそんなことばっかり書いてあるんで、よけい妄想かき立てられてですね(笑)、それで食べるものも食べないのに、この方はですね、ま、当時誰にも言わなかったけどみんなそうなんですけれども。

こんなの明くる日操車場にやってくるとふらふら、ほんとに、こういうことをお日様が三つに見えると言いますけども、三つどころではなく見えないんですけれども、満員電車に乗ってもあのこと考え、空襲なってもあのこと考え、先生どうしたらいいんでしょうと、いうふうなことも言えず、母親に向かってどうこうも言えないし、一人悶々とした結果自然が教えてくれる解決法に導かれるんですけども(爆笑)。

大いなる自然は意志を持たぬ壮大さがあって、とめどなくそれが……。ほんとにこれは苦しめられた。苦しめられることを「膏血(こうけつ)を絞られる」、油と血を絞られるというんですけども、後に吉行淳之介さんと知り合いになってから、いやあの『地獄』にはエライ目にあったというんです。あなたの世代もそうですかというと、食べるもんも食べないで、私の言いたいこと全部言っちゃってくれる。そういうことなんです。戦後もそれが続くんです。これだけは、終始一貫8月15日と関係がない。