ユーミンにも売れない時代があったんだ【特別対談「荒井由実」を語ろう】

週刊現代 プロフィール

そろそろ売れなきゃ

チェン 今の時代だったら、どのくらいの年代をターゲットにして、プロモーションはこうやってと、細かく戦略を立てるでしょうね。でも、そんなコマーシャリズムを考えないのが本当の音楽ですよ。

村井 レコード店のどの〝エサ箱〟(陳列棚)に並べてもらうかも困った。ロックでもないしフォークでもない。作り手さえどういう音楽かわからなかったですから。結局、どこにもカテゴライズできないから〝ニューミュージック〟と呼ばれるようになったんです。

有賀 それまでの日本の音楽文化というのは〝四畳半フォーク〟と呼ばれたようなマイナー調のフォークソングが多かったですからね。ユーミンの曲はほとんどがメジャー調だった。それに曲作りのべースに洋楽があったから、日本のものとは思えないほど新鮮でした。

チェン 最初はプロのミュージシャンに注目されたんですよね。かまやつさんや加橋かつみさんのように、音楽をよく知っている人たちは、ユーミンがどれだけ凄いことをやっているのかわかっていた。僕もバンドをやっていたからわかりますが、自分たちがやりたくてもできないことをユーミンがやっているという感覚があった。

村井 まだビデオが一般的じゃない時代だったけど、16ミリフィルムでプロモーション映像を撮影したこともありました。レコード会社のセールスマンがプレゼンに使ったり、熱心なレコード店が流してくれたり。そうやってコアなファンを中心に、3000枚くらい売れるようになった。

3000枚というと少なく聞こえるかもしれませんが、レコードは3000円近くする高い買い物ですから、当時としてはたいした数字とも言えますよ。

有賀 その後'75年10月に出したシングル『あの日にかえりたい』が大ヒットしたことで『ひこうき雲』が改めて売れ始めたんですよね。

村井 『あの日にかえりたい』は秋吉久美子主演のTBSドラマ『家庭の秘密』('75年放送)の主題歌でしたね。

有賀 実はあの曲、ドラマの内容に合わせなきゃいけないということで、歌詞を変えてくれとTBSに頼まれたんですよ。それで書き直した。

チェン 負けん気の強いユーミンが歌詞の書き直しに応じるなんて、ちょっと意外ですね。

有賀 あのころのユーミンには「そろそろ売れなきゃ」という思いがあったんでしょうね。曲調も、一般受けしやすいメロディーだったし。