「やらせ疑惑」に決着!放送開始から40年「クイズダービー」舞台ウラ座談会

大橋巨泉, 竹下景子, 副島恒次

はらたいらの驚異

【第二問】昭和34年大相撲大阪場所で、観客があることをして呼び出し小鉄に怒られました。さて、どんなことをしたでしょうか。1 清めの塩でゆで卵を食べた 2 力水で手ぬぐいをゆすいだ 3 検査役の膝を枕に寝た(解答はこのページの一番下に)

副島 黒鉄さんの跡を継いだのが、はらたいらさんでした。初登場する前の週、巨泉さんがアドリブで「次週からは、日本のアラン・ドロンが登場します。お楽しみに!」とやった。あれが良かったですね。

巨泉 写真を見たら顔も二枚目だったからね。でも、なんでも知っていて、なんでも答えちゃうから、途中から「宇宙人」に変わりました。それぐらい知識量は凄かった。漫画を描くネタを探すために日本中の新聞や雑誌を片っ端からスクラップしていたそうだから。

竹下 スクラップをするための書生さんがいるとおっしゃっていましたね。

副島 そのはらさんをなんとか間違えさせようと、クイズ作家たちも必死で問題を考えました。

巨泉 30分番組にもかかわらず、雇った優秀な若手作家の数は15人。その一人が、後に直木賞を獲った景山民夫です。当時は好景気だったから思い切って100万円くらいドーンと賞金を出そうと思ったんだけれど、製薬業界内での約束で提供する番組の賞金は10万円までと決まっていた。賞金10万円で番組を盛り上げるには、問題を面白くするしかなかった。

副島 15人の作家がそれぞれ毎週15〜20本の問題を作っていました。その200〜300本の中から会議で8本を厳選。ロート製薬の宣伝部長が同席することもあり、「ところでコレ、一体どこが面白おまんの」とキツイ一言(笑)。作家連中はみんなネタ探しに苦労していましたね。なかには『月刊住職』なんていう雑誌からネタを拾ってきた作家もいました。

竹下 ホント、どこでネタを見つけてきたんだろうという問題ばかり。三面記事的なところから問題が出るだろうと新聞を隅々まで読んだりしましたが、一向に結果に反映しなかったのですぐにやめました。

巨泉 でも、クイズの勉強をする暇なんかなかったでしょ。東京女子大学に在学中だった景子ちゃんは番組が始まって1年くらいでブレイクして、「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」と言われるようになった。ものすごい数の仕事をこなしていて、台詞を覚えるだけで大変だったはず。

竹下景子さん

竹下 でも、どんなにドラマに出ても「『クイズダービー』のときの竹下さんが一番いいんだよね」とよく言われましたよ。

副島 景子さんは、才女と言われながらもそれを鼻にかける素振りがなく、いつも笑顔だったから視聴者にも大人気でした。それに、「三択の女王」というあだ名が付くほど3択問題に強かった。

竹下 選択肢を絞ってもらうと勘が働くんです(笑)。

副島 はらさんは逆に3択が苦手でしたね。負けず嫌いの塊のような人で、答えを間違えると収録が終わった後に「副島さん、さっきの答え、本当に本当ですか?」と真剣な顔で聞いてきたこともありました。

第二問の答え…①