ナチス支配下で生きた最大最高の指揮者、フルトヴェングラー

伝説の「第九」を聴きながら鎮魂する
堀川 惠子 プロフィール

芸術を絡め取る権力の詐術

暗黒の時代が去って6年後の1951年夏、人々が待ちに待ったバイロイト音楽祭が再開、その冒頭でフルトヴェングラーが「第九」を演奏する舞台が整った。演奏する側も聴衆も万感の思いがこみ上げただろう。

「未曽有の高揚感がフルトヴェングラーをも包み込んだ結果のあの演奏」となり、「忘我の高揚感」をもたらしたと本書はいう。バイロイトの「第九」は伝説となった。

草森紳一著『絶対の宣伝 ナチス・プロパガンダ1』も復刻版だが、今の時代に読んでこそ面白い。著者は一章を割いて、ナチの宣伝相ゲッベルスがいかにフルトヴェングラーを利用したか、その手法を詳細に描く。

匿名の投書攻めで精神的に追いつめるのは常套手段。フルトヴェングラーからナチ主催のコンサート指揮を断る手紙が届けば、その中から都合の良い部分だけ抜き出して新聞に公表する。

一般のコンサート会場の最前列すべて買い取り、幕が開く直前にヒトラーを連れて座る。フルトヴェングラーが聴衆に向かって礼をする時、あたかもヒトラーに向かって頭を垂れる格好に見える絶好のポジションにカメラマン。演奏後は壇上に駆け上り、有無を言わさず握手、その写真を即刻、世界中に配信した。

権力の宣伝にとって芸術家や有名人がいかに絶好の素材かが分かる。人気芸能人やスポーツ選手に畑違いの議員バッジをつけさせるのも、次元は低いが同じことだろう。

去年の年の瀬は、私自身も戦争について執筆する困難の最中にあり、毎夜、バイロイトの「第九」を聴いた。重厚な旋律に、600万のユダヤ人死者たちへの鎮魂、そして苦しみの果ての歓喜を感じるようで心は奮い立った。

そもそも我が家のバイロイト盤は、夫の所有物だ。彼は高校時代から第九のスコア(総譜)に旋律を追っていたらしく、「第九は神から人類に与えられた宝物」と言ってはばからない。初演から約190年、ベートーベンが人類に遺した偉大な仕事は今も人々の心の奥深くにまでタッチする。だからこそ、権力者の介在は二度と許したくない。