ラグビー「ブライトンの奇跡」〜エディ・ジャパンの通訳とメンタルコーチが明かす歴史的偉業の舞台裏

荒木香織×佐藤秀典×野中敬義
週刊現代 プロフィール

佐藤 W杯を終えた後の帰国会見をどうするか、という協会からの打診や相談なども受けていたんですよね。

野中 幹事局ということもありましたから。でも日本にいなかったので、国内の盛り上がりはわからなかった。本社の同僚に「サッカーのなでしこジャパンが世界一になったとき以上の想定をしろ」と言われて、理解できました。

最大の敵は「怠けたい」自分

佐藤 あのエディさんについていって結果を残した選手たちは、改めてすごいなと思います。

野中 練習はとてもハードですし、接し方も厳しくて、ギリギリのところまで追いつめられていましたね。歴代の日本代表で最多の96試合に出ている大野(均)選手でさえ「(合宿に向かう)飛行機に乗る前から胃が痛くなる」とこぼしていました。

佐藤 エディさんの持論は「人は切羽詰まったときにこそ本領を発揮できる」。早朝6時スタートで多い時は1日4回練習する過酷な合宿で、選手は心身ともに追い込まれる。そこで周囲と衝突したり、どうにかしないといけないと危機感を覚えることで、新たなアイデアが浮かんでくる、という考えを持っています。それに、エディさんは焦ったり、パニックになることを嫌うので、あえて選手を追い込み、その中での対応力もつけさせていました。

荒木 それくらいじゃないと、南アフリカには勝利できない。選手もその厳しさが必要なのはわかっていたから、「やっていられない」と投げだす選手はいなかった。

佐藤 でも、私はそうなりかけましたけど(笑)。チームに合流してすぐにスタッフの方から、「おまえもジャパン病にそのうちかかるよ」と言われたんです。

荒木 ジャパン病?

佐藤 エディさんはあまり寝ない人で、動き出すのも早い。だからスタッフも、目覚まし時計なしで朝の5時台にパッと目が覚めるようになる。実際、朝起きて携帯電話を見ると、エディさんからのメールが何通も届いている。2週間くらいで、ジャパン病になりました。

野中 それじゃあ、しっかり寝られないですね。

佐藤 熟睡できた日は一日もなかったです。「ウワアッ」と叫びながら起きた日もありました。

野中 分析担当の中島正太さんも、何万パターンも分析した資料を提出しなければならなかったそうですね。

佐藤 エディさんに「まぁ仕方がないか」という妥協は一切ない。その点はサッカー日本代表監督のハリルホジッチさんや、オシムさんも同じだと聞きました。無理難題でも選手やスタッフに解決を求め、みんな日々、泣いていたとか。