「大政翼賛会」はニッポンの政治思想に何を残したのか

近衛文麿のブレーン「佐々弘雄」の知られざる秘話
伊藤 隆

克明氏は、また「あるとき、朝飯会の席で、父と矢部貞治(近衛文麿ブレーン:編集部注)の二人が尾崎と激しく論争した。それは、尾崎が突然、南進論を熱っぽく主張したことからで・・・・・・父と矢部がこもごも、尾崎の主張に反論した」とも記している。この朝飯会の内容が特高に筒抜けになっていて、弘雄が尾崎の同調者でないことが明らかになり、逮捕されずに済んだことに一役買ったとも述べている。

尾崎は取り調べで、「牛場[友彦]、岸[道三]両秘書官を中心とする朝飯会」について詳しく述べているが、メンバーには矢部の名はない。また司法省文書で、尾崎が朝飯会で「対ソ開戦阻止に努めたる外、南進論、対米強硬論を唱へて北進論を牽制」したことから朝飯会のメンバーを取り調べる必要があると記されているが、これは弘雄が取り調べの対象になる可能性があった事を示している。

『細川日記』は近衛の側近で、肥後藩主の家系の細川護貞の日記で、ここには、近衛周辺の仲間としての佐々弘雄の昭和18~19年中(20年・21年には出てこない)の姿が描かれている。佐々は戦後には肥後=熊本から参議院議員に当選しているのである。

また近衛文麿新体制運動を推進した矢部東京帝大教授の『矢部貞治日記』にも、第二次近衛内閣の風見法相の『風見章日記』にも、佐々についての記事は出てくるであろうし、『現代史資料』44の付録の亀井貫一郎(大政翼賛会東亜部長)の近衛宛書簡では、弘雄は亀井の大事なアドヴァイザーの一人で皇道派に近い人物として書かれている。

亀井との関係も気になるし、先に触れた柳川平助との関係で言えば、真崎陸軍大将の『真崎甚三郎日記』も、また海軍懇談会のメンバーとしては、高木海軍省調査課長(後に海軍少将)の『高木惣吉 日記と情報』も気になるが、紙面も時間も限られているので、そこは次の機会に廻さざるを得ない。

読書人の雑誌『本』2016年1月号より

いとう・たかし/歴史学者。1932年、東京都生まれ。東京大学文学部国史科卒。東京大学文学部教授、埼玉大学大学院教授、政策研究大学院大学教授を経て東京大学名誉教授。近代史史料やオーラルヒストリーを編纂・刊行

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大政翼賛会への道 近衛新体制
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すべての国家機関がひとつの党の指導下におかれ、その最高指導者は天皇に対する唯一の輔弼者となるという構想のもと展開した新体制運動。推進者の多くが、打倒すべきは財閥を中心にして、その政治的代弁者である既成政党、旧官僚、軍官僚、宮廷官僚という共通認識をもっていた。しかし、憲法違反の批判や旧体制派の抵抗で大政翼賛会は政府の運動組織に改組される。

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