あの人はいま【歌手編】キャンディーズのミキちゃん、奥村チヨ、「ひまわり娘」、リンリン・ランラン…

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週刊現代 プロフィール

『想い出がいっぱい』H2O

フォークデュオのH2Oは'83年、『想い出がいっぱい』で大ヒットを飛ばした。しかし、その後はヒットを出せない。「一発屋」という不名誉な称号をいただきつつ、'85年に解散。

メンバーの赤塩正樹(58歳)はその後、ニューヨーク大に4年間留学した。帰国後は英語力を活かし、都内の大学で非常勤講師を務めたり、JICA(国際協力機構)に参加したりした。

いまは会社を立ち上げて子供たちのボイスレッスンやプロデュースをしています。そこで、『想い出がいっぱい』がいまも若い人に感動を与えていることを知り、感激しました。昔は提供されたこの曲ばかりが売れ、自分たちの作った曲が売れないのに悔しい思いをしていましたが、いまは素直に受け入れられます」(赤塩さん)

もう一人のメンバー、中沢堅司(現・中沢けんじ)は熊本在住で音楽活動を行う。'03年には限定で再結成し、『想い出がいっぱい』を披露。別々の道を歩きながらも、時々連絡を取り合い続けているという。

池袋でスナック経営

『愛と死をみつめて』('64年)が大ヒットし、第6回日本レコード大賞を受賞したのは、当時18歳の青山和子(69歳)だ。くっきりとした眉、通った鼻筋、「まこ甘えてばかりでごめんネ」という歌詞が印象的だった。

青山さんはその後も音楽活動を続け、現在はそれと同時に、6年前に結婚した夫と東京・池袋で24席のカラオケスナック「青山和子の店マコとミコ」を経営している。本人が言う。

私はテレビ出演など歌の仕事もあるので、お店は夫がメインで取り仕切っています。私も時間があるときは店に出ることもあります。夫は口下手な人で、夫婦関係の主導権は私が握っています。夫は私の言うことなら反対しません。『婦唱夫随』です

ほかにも往時の人気を糧に、いまも仕事に生きている人物がいる。段田男(48歳)だ。

段田さんは'86年、演歌『玄界灘』が10万枚を売り上げた。当時は角刈りがトレードマーク。だがその後はヒットに恵まれず、一時は「死亡説」まで流れたが、実は現在、愛知・みよし市の実家で両親とともに暮らしている。前髪は額にかかるくらい長くなっている。

『芸能界にお前の居場所はない』と宣告されて引退。'89年に実家に帰り、家業の大工を15年手伝った」(段田さん)

だが、彼の音楽熱は冷めていなかった。'04年、豊田市の中日文化センターで「楽しい歌謡教室」をスタートさせた。

最初は大工と二足のワラジでしたが、教え方が丁寧だと評判になり、僕が段田男だと知られるようにもなって生徒さんが増えた。今は4ヵ所で、『段田男歌謡教室』を開き、約40人の生徒さんを教えています」(同)

月2回のレッスンで月謝は6000円だという。