村上春樹のライバルたち!? 話題の翻訳家・鴻巣友季子が選んだ2015年の海外小説ベスト12!

年末年始にぜひ読んでほしい「この一冊」
鴻巣 友季子 プロフィール

8 呉明益『歩道橋の魔術師』天野健太郎/訳 白水社

「ふだんあまり海外文学を読まない読者層」をうまく開拓した一冊だと思います。台湾の人気作家の10編からなる連作短編集。「中華商場」という台湾初の巨大なショッピングモールとその周辺の暮らしを、色々な語り手が回顧します。

物売りたちの立つ歩道橋には魔術師がいて、子どもたちはこの魔術師とそれぞれ人生の微妙な時期に出会う。ふしぎな目玉、うそっこのエレベーターのボタン、蜃気楼に浮かぶ象、移送されるラブレター。その透明さのなかに、世の中とつながれない、孤絶感のようなものが浮かびあがってくる気もします。日本読者には、「昭和テイスト」と言いたくなるような懐かしさが混じっているかもしれません。

9 フィル・クレイ『一時帰還』上岡伸雄/訳 岩波書店

イラク戦争の元兵士が真っ向から書いた戦争小説集です。12編はそれぞれ違う兵士または帰還兵を語り手とし、すべて一人称で、しかしまったく異なる 文体で書かれています。「俺」も、「私」も、「僕」もいる。ポケモンに夢中になる少年兵、父にベトナム戦争での買春体験を聞いて出兵してきた若者、元ボクサーの軍隊付き牧師もいる。その戦争が無駄で、虚ろであるほど、そこから名作文学が生まれると言った詩人がいるけれど、『一時帰還』がこんなに充実した作品集であるのも、そういうわけでしょうか。

10 イーユン・リー『独りでいるより優しくて』篠森ゆりこ/訳 河出書房新社

中国系アメリカ人作家による小説です。天安門広場事件後に起きた「毒物事件」が謎の中心となってゆっくりと展開します。女子大生がデモ行動に参加して放校になり、その後、毒入り飲料を飲んで植物人間になる。自ら飲んだのか、それとも他者による毒殺未遂なのか。

天安門事件は多くの小説の題材となりましたが、リービ英雄の『天安門』にしろ、中国からアメリカに亡命した作家ハ・ジンの『狂気』(品切れ重版未定)にしろ、常に中国と中国語の外部で書かれざるをえない。『独りでいるより優しくて』もそうです。免疫学者を志して渡米した作者は「活発に生きないことだけが人生への免疫になる」と、心を護る術を説きますが、彼女の作品からは、言語の壁を越えて人々の生の声が痛いぐらい響いてきます。