朝日新聞「驚きの敗訴」で見えたカジノビジネスの「光と闇」

北島 純 プロフィール

では、この「フリーリポート」はいかなる背景から発表されたものだったのだろうか。

UE社は、もともと現会長の岡田和生氏が一代で築き上げた会社である。岡田氏といえば、パチンコ業界では知らない人がいない立志伝中の人物。ジュークボックス修理業で貯めた資金を元手に20代でユニバーサルリース株式会社を設立し、パチンコやパチスロの製造を手がけ成功を収めた。

1998年に「アルゼ株式会社」に社名変更した後、JASDAQで株式公開を果たし、納税額25億円で高額納税者日本一に輝いたこともある。そのアルゼを2009年に再度社名変更したのが、現在のUE社だ。

岡田氏は、米国子会社(ARUZE USA, Inc.)を設立して、「究極のエンターテインメント産業」であるカジノビジネスに乗り出す。そして、カジノの本場ラスベガスで手を組んだのが、スティーブ・ウィンという人物だった。

日米カジノ紛争

ウィン氏は、ミラージュやベラッジオといった巨大カジノホテルのプロデュースと経営で名を馳せた「やり手」だったが、当時、理想の新カジノホテル「Wynn Las Vegas」を作るにあたって資金に窮していた。それを救ったのが岡田氏である。岡田氏は2000年に2.6億ドルを出資したことを皮切りに、合計3.8億ドルもの巨額投資を行い、ウィン社の株式31.09%を取得して、取締役会メンバー(副会長)に就任する。

2005年4月にオープンしたWynn Las Vegasは、金色に輝くモダンな外見と洗練されたサービスが人気を博し、大成功を収める。さらに二人は、マカオでのカジノ運営権を落札、2006年9月にはWynn Macauをオープンさせ、ここでも成功を収めた。

問題はここからである。カジノビジネスについて、おそらく当時の日本人ビジネスマンとして最も深い経験と知識を蓄えていた岡田氏はその後、フィリピンでの自前のカジノビジネスに乗り出す。マニラ湾沿いに広がる土地を開発する「マニラベイリゾーツ」計画である。

フィリピン経済特区庁(PEZA)による経済特区認定を受けるとともにカジノ事業の暫定ライセンスも取得し、着々と準備が進められていった。