誰もキリストの誕生日を知らないのに、クリスマスが12月25日になった理由

【新連載】クリスマスと日本人(2)
堀井 憲一郎 プロフィール

保存された古来の習俗

コンスタンティヌス帝がそうさせた、という説がある。キリスト教優遇政策をとったコンスタンティヌスではあるが、それは「キリスト教の強固なシステム」が帝国維持に有効だと考えたからであり、なにもキリスト教そのものに感化されたわけではない、という考えである。

「キリスト教のシステム」は採用するが、それまでのローマ古来の習俗も大事にしたい。古来の習俗をすべて入れ替えるのは、社会をとても不安定にさせるから、キリスト教の枠組みを採用して、その中身には、古来の土俗的習俗も残していこうという、現実的な選択である。

おそらくキリスト教側もそれが有効と考えたのであろう。(コンスタンティヌスが先か、キリスト教側が先かはわからない。教理から考えるとキリスト教側の発想とはおもえないのであるが、その集団のなかにきわめて高度な政治的思考のできる人物がいたなら、キリスト教側からの発想の可能性も否定できない)。

古来の習俗の日だからこそ、キリスト教の聖なる日として指定したのである。キリスト教のしたたかさを感じる。

もうひとつ「サトゥルヌスの祭り」との関係も指摘されている。

12月17日から24日まで、ローマ帝国の農耕神サトゥルヌスを祭る祝祭であった。(ローマ帝国は多神教であるから、いろんな神がいた。日本の神々と似てると考えていいとおもう。)

「サトゥルヌスの祭り」では、七日間にわたり、すべての生産活動を停止して、喧噪と浮かれ騒ぎに明け暮れた。使用人と主人の立場も入れ替えられ、悪戯が仕掛けられ、冥界の王が担ぎ出され、どんちゃん騒ぎに終始した。この狂騒の祝祭のあいだに、贈り物のやりとりをした。サトゥルヌスは一種の悪神である。(英語読みではサターンとなる。)

クリスマスにおける贈答の習慣は、このサトゥルヌスの祭りが淵源だとされる。異教の祭りをもとにした習慣は、やがてサンタクロースが一身に背負っていくことになる。文化人類学者の説明によると、サンタクロースは冥府の使いの側面を持っているという。つまり、サンタクロースはもとは死の国の存在でもあったのだ。