誰もキリストの誕生日を知らないのに、クリスマスが12月25日になった理由

【新連載】クリスマスと日本人(2)
堀井 憲一郎 プロフィール

「ローマ帝国内において、おこなわれていた冬至の祭りが12月25日であったので、その習俗をキリスト教に取り込むために、12月25日をキリスト降誕祭とした」

いろんな本にそう書いてある。

多くの本が同じことを記している場合、絶対的な真理であるときと、もとの出典が一つしかないときがあって、ちょっと後者の匂いもするのだが、とりあえず、紹介する。

多く説明されているのは「ミトラ教の冬至祭りの主祭日が12月25日だったから」というものである。

ローマ帝国内で広く信奉されていたのが太陽神ミトラ教である(ミトラス教との表記もある)。太陽の力がもっとも小さくなる冬至は、逆に言えば、不滅の太陽がこれから力を増していくポイントなる。「もうこれ以上衰えない。あとは栄えるばかりである」と考えて、祝うわけである。ミトラ教ではその日に夜を徹して祭りをおこなっていた。

なぜ、冬至の日そのもの(最近の平年だとだいたい12月22日)ではないのか、という説明はいくつかあるのだが(すこしずつ違う)、とにかく古代では12月25日が主祭日として祭りの中心にあったらしい。

その日を指定した。

4世紀において、つまりこの12月25日をキリスト降誕日だと強引に決めたころ、ローマ帝国内でのキリスト教が多数派であったわけではない。コンスタンティヌス帝のころのキリスト教徒は人口の5%ほどだったと言われている(『ローマ人の物語』塩野七生。新潮社)。

となると、12月25日はミトラ教の祭事の日だとおもっていた人たちが多かったはずである。

そこに敢えて、キリスト教の大事な日を指定した。キリストそのものが太陽であるから、キリストのための祈りの日として、24日の夜をミサを捧げて過ごす日となった。

当時のローマのメイン行事に、堂々と対抗して、その日に立てた、ということになる。