誰もキリストの誕生日を知らないのに、クリスマスが12月25日になった理由

【新連載】クリスマスと日本人(2)
堀井 憲一郎 プロフィール

キリスト降誕の日がなぜ重要になったか

4世紀はキリスト教がローマ帝国内で圧倒的な勝利を収めていく世紀である。この時期に「キリスト降誕の日」が決められることになった。あとから見れば、世界宗教になるための綿密な準備のひとつだったということがわかる。

しかし「キリスト降誕の日」はいっこうにわからない。

もちろん、当時の人たちも懸命に「本当にキリストが生まれた日」を調べようとした。でも直接資料がないのだから、どうしようもない。状況証拠から推察しようとするが、無理すぎる。

偉大な人が生まれたら、その日は記憶されているのがふつうではないか、というのは近代の発想でしかない。当時の人はそんな習慣を持っていない。記録は残っていない。おそらく、ほとんどのすべての人は、いまが何年の何月何日なのか、まったく気にせずに生きていたはずである。

4世紀になってから、300年以上前のナザレの大工の息子の生年月日を調べようとしても、わかるはずがない。

たとえば2010年代の現在であっても「いまから350年前に田舎のほうの大工の息子だったある男の生年月日」を調べようとしたところで、かなりむずかしいとおもわれる。生まれ年は何とか調べられても、月日までつきとめるのは、おそらく無理だろう。21世紀でさえもそうである。4世紀にできるわけがない。

現にできなかった。

だから、イエス=キリストが生誕した月日というのは、まったくわかっていない。おそらく人類の誰一人として知らないとおもう。

 

初期キリスト教によって守られていたのは「イエスの死んだ日と復活した日」である。

キリスト教の根源は、イエス=キリストが死んだのち三日して復活した、というところにある。だから復活した日は伝えられている。いわゆる復活祭である。いまでもキリスト教でもっとも大事なのは、復活祭のはずだ。

ただし「春分の日のあとの満月のあとの日曜」という、現代人には少し馴染まない言い方で指定されている。(死んだ日はだからその三日前の木曜日となる)。暦を持たない民にとって、月を見ているだけで、同じ日を指定できるこの伝承は、古代にはとても有効な方法だったんだろうな、とおもうばかりである。

生まれた日を祝う習慣のない時代に、どうして「キリストの生誕の日」が大事にされ始めたのか。

それは宗教的な都合による。