世田谷一家殺人事件〜実行犯は今、次なる「超大物」ターゲットを狙っている

独自取材でたどり着いた驚愕の事実
一橋 文哉

瀬戸らによれば、李は現在、どこの組織にも属さないフリーの暗殺者として活動し、一応、日本におけるマネジメントは関西在住の暴力団元組長の“懐刀”的存在だった人物が担当しているという。

「彼が結成した組織のサポートを受けて李は日本国内で標的を狙ううちに急病に倒れ、その息がかかった関西の医療機関で治療を受けたが、回復しないまま死亡したというんや。彼はカンボジアからバンコク、上海経由で“爆買い”の中国人に紛れて関西新空港から入国していた。すべての差配が元後藤組の面々なんや」

前出の瀬戸はそう打ち明ける。

だが、“李の墓”がある京都市郊外や関西の心当たりのある場所でいくら取材しても、李を治療し死亡診断書を発行した医療機関もなければ、彼を葬るのを手伝った葬儀社も、それらの書類を受け付けた役場も、変死事案を扱った警察も見つからなかった。

そもそも極秘任務の話が流出し、墓まで用意されているのは、何か別の思惑があるように思えてならない。

後藤組は静岡県富士宮市にあった元山口組直系組織で、後藤忠政組長は五代目時代に若頭補佐だった大幹部。1984年からの山一抗争で敵組長宅突撃を指揮した武闘派で、オウム真理教事件でも名前を取り沙汰された。一方で山口組東京進出の立役者でもある。

後藤元組長は08年9月、65歳の誕生日を祝い地元でゴルフコンペとパーティーを開催。その席に招いた細川たかしら歌手5人が持ち歌を熱唱し、NHKが番組出演見合わせを決めたことから、後藤元組長は翌十月除籍処分を受け、組は解散させられた。

「ボス(後藤元組長)は今、カンボジアで養鶏場や農園を営む“カタギ”。おかげで商売は流行っており、懐かしい顔を見ながら昔話をしたい人が多く、ボスの元は千客万来です」(元後藤組幹部)

そんな中に山口組の井上邦雄・山健組組長や、九州で派手な抗争事件の末に、全国各地に一大勢力を築いた九州誠道会の後身・浪川睦会の浪川政浩会長の姿もあった。