世田谷一家殺人事件〜実行犯は今、次なる「超大物」ターゲットを狙っている

独自取材でたどり着いた驚愕の事実
一橋 文哉

主犯への不信感から暗殺者の道へ

「李は生まれつき頭が少し弱く、徴兵されて上官に苛められ、性格までおかしくなった」と、李の実家周辺の住民は語る。

また、「偉そうな態度を取るが本当は小心者。犬を捕まえた時に『目が怖い』と言って犬の目をメッタ突きした挙げ句、鳴き声が嫌だと喉を掻き切って血塗れになった。弱いくせに一度キレると手が付けられなくなるんだ」(高校時代の友人)という。

そんな“危ない不良少年”が、経済的に恵まれず心身に傷を負った若者を救済する活動を行っていた金田と知り合い、「寝る場所と温かい食事を提供し、私を救ってくれた命の恩人。彼のためなら何でもする」(李の証言)と心酔した。

そして、米国の格闘技研修センターで護身術やテコンドーを習ったのを皮切りに、「傭兵学校」で本格的な戦闘・射撃訓練を受けるようになった。その李をはじめ支援してきた若者たちを、金田は自分の悪行に利用したのだ。

世田谷事件翌日に李が羽田空港から台湾に出国したことは、出入国記録で分かっているが、その後は02年に再び台北を訪れるまで消息不明。一時期、米国・ロサンゼルスや中国・上海に姿を現し、地元の政治家や宗教団体関係者と接触し武闘訓練を受けたとされるが、李の消息を追跡してきた韓国マフィア元ボスは、こう見る。

「世田谷事件で注目され事実上の軟禁状態が続く中で、本人は欲求不満が溜まり、自分の行動に疑問を感じ始めた。それを金田にぶつけても、『今は動くな』と言うばかりで納得できる回答はなく、やがて金田への不信感が生まれたのではないか」

金田からの連絡が次第に少なくなり、米国やフィリピンの宗教団体関係者宅を転々とさせられたことで、李は「自分がやっかい者扱いされている」ことに気づいた。そして、自ら兵士や暗殺者としての素質に目覚めたこともあって、韓国や米国の犯罪組織に接近し、その後はフィリピンの武装集団に身を投じた。

そこで仕事上の駆け引きや暗殺の実践体験を積み、「1年余で10人以上はあの世に送ったほど凄腕の暗殺者にのし上がった」と、闇社会では噂されている。