誰も知らないヘッドホン「奇跡の復活劇」
〜その普及と進化はくらしをどう変えたのか?

私的空間への欲求と科学神話の時代
原 克

スピーカーに負けたと思われたヘッドホンだったが……

この絵をなりたたせている構成要素はふたつだ。

ひとつは孤絶したプライベート空間、もうひとつは空転する審美的趣味。1920年代の「ラジオニスト」の基本的要件である。

黎明期のラジオは、もっぱらヘッドホンで聴取された。つまり私的聴取、プライベートな時空間だったのである。

ところが1920年代後半、スピーカー機構が完成する。以来、それまで唯一の聴取手段だったヘッドホンは衰退期に入る。これ以降、ドイツにおいて、ラジオはヘッドホンによる私的聴取から、スピーカーによる「集団聴取」へと移行していくことになった。

直後の1933年、ナチス政権が成立。初代国民啓蒙・宣伝大臣ゲッベルス主導のもと、悪名高いラジオキット「フォルクス受信器VE301」が、国策として大量生産されてゆく。そして、粗悪なスピーカーを通じて、ヒトラー総統の演説を、地域や職場単位で動員をかけ、集団聴取するように強制してゆくようになるまで、ほんの数年しかかからなかった。

ヨーゼフ・ゲッベルス〔PHOTO〕gettyimages

ナチスによるラジオ集団聴取圧力は、極端な例だろう。しかし、スピーカー機構が洗練されてゆくにつれ、ヘッドホンが市民生活の第一線からしりぞいていったのは、まぎれもない事実であった。

一方で、いっさいの社会性を断ち切った、ラジオニストの空疎な私的空間幻想。他方で、いっさいの個性を排除した、全体主義の空疎な公共空間幻想。20世紀前半の思想状況という「大きな物語」も、ヘッドホンとスピーカーという、なんの変哲もない日用品をめぐる「小さな物語」に影を落としている。

ヘッドホンからスピーカーへという、音響メディアをめぐる政権交代は、なにもドイツばかりではなく、アメリカやイギリスなどラジオ定時放送先進国でも、同じように起こっていた。むろん日本も例外ではなかった。

そんな激動の時代から半世紀あまり、1960年代末に、アメリカ科学ジャーナリズム界の名物コラムニストが選びとった表現こそ、「絶滅した恐竜がよみがえった」だったわけだ。

20世紀のメディア盛衰記さながら、スピーカーの登場により一敗地にまみれたはずのヘッドホンが、1960年代あらたなオーディオブームに乗り、奇跡の復活劇をなしとげた。

かつてラジオ黎明期に「モダンの象徴」だったヘッドホンが、「恐竜のように一挙に滅亡し」、再び新メディア環境下であらたな「モダンの象徴」に返り咲く。そうしたことの次第を、科学記事は、恐竜蘇生のひとことで象徴的に語ってみせているわけだ。

1970年代に入ると、ヘッドホンの技術改良はますます進む。