脚本家・山田太一さんの「わが人生最高の10冊」

「人間」という手に負えない存在
山田 太一

10冊をあげることなど到底できない

少し遠くなっていた寺山さんが私の作品の感想を言ってくれました。評価してくれたのは'83年の『早春スケッチブック』(フジテレビ)でした。ただ、今回のベストテンには寺山さんの本は入れていません。友人の本は別の領域の大切さです。

1位は15年ほど前に読んだメイ・サートンの『回復まで』。サートンはアメリカの女性小説家ですが、この本には彼女自身の'78年から'79年の1年間が日記風に綴られています。

当時の彼女は66歳。自信作を発表した直後でした。ところが、その作品がニューヨーク・タイムズの書評欄で酷評されてしまう。小説の内容が問題にされたのではなく、「彼女は同性愛者だ」と叩かれたのです。

まったく不当な話なのですが、彼女はとても打ちのめされ、小説も書けなくなってしまいます。ようやく自分を取り戻すのは1年後。その過程を書いたのが、この本です。良い作品だと思いました。

彼女は病気だったわけではありませんが、一種、闘病記のようにも読め、共感するところのある人も多いのではないかと思います。1位、というような順位はあまり意味がありません。

2位の『新編 不穏の書、断章』は、ポルトガルの作家で詩人のフェルナンド・ペソアの散文集。

ペソアは生前いくつもの筆名で作品を書いていて、名前ごとに作風が違います。まるで、それぞれが別人格。どの作品も水準が高いと言われています。この本は詩ではなく、断章というような散文です。私はつかまりました。

3位は『カフカとの対話 手記と追想』。作者のグスタフ・ヤノーホは17歳のときに小説『変身』を読み、それを書いたフランツ・カフカに会いに行きます。カフカの日常が生き生きと書きとめられた傑作です。

私が『変身』を読んだのは大学時代。物語は、普通の家族の長男が、巨大な毒虫に変わってしまうところから始まります。

母親はショックで倒れ、長男の面倒は妹がいやいやみることになります。父親も長男を嫌悪し、最後にはリンゴをぶつけます。その傷がもとで長男は死んでしまいます。

もちろん、長男が虫に変身したのは比喩です。人間は相手が家族でも、「他者」になってしまうと無感動になってしまう経緯を見事に描いた物語です。

カフカの時代も今も人間が手に負えない存在であることには変わりがありません。無数の小説やドラマ、映画でその存在の不思議を描かれながら、いまだによく分からないところがあるのが凄いです。

よく分からないからこそ、書きがいがある。読みがいもある。実は10冊の本をあげることなど到底できないのですが。

(構成/高堀冬彦)

やまだ・たいち/'34年東京都生まれ。早大卒業後の'58年松竹入社。'65年同社を退職し脚本家に。『男たちの旅路』、『岸辺のアルバム』、『高原へいらっしゃい』、『ふぞろいの林檎たち』等ヒット作多数

▲最近読んだ一冊

人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス
フロイト著 中山元訳
光文社古典新訳文庫 640円

いつまでたっても戦争がなくなりません。話し合いで解決できない。結局、人間は善なんかじゃないとフロイトは100年近く前に指摘しました。人間は自分の領域以外の人がどうなろうが平気だ、と。残念ながら、そうなのでしょう。

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