各界の一流が明かす「苦しみから抜け出す方法」
~現役引退、身近な人の死。そのとき、彼らはどう振る舞ったか

週刊現代 プロフィール

身の丈を知りすぎて諦めていては、人間は前進しない。だから私は、これからも理想を追いかけます。でも、もう『深追い』することはない。『いまの私』を認めてくれる家族がいることを、知っていますから。伊集院さんがおっしゃる『追いかけるな』という言葉も、『どんな人にも、認めてくれる人が必ずいる。だから自分を信じなさい』という意味なんだと思います」

利益を出すことが絶対的な目的である、ビジネスの世界。結果を求め続けるなかでも、やはり、追いかけてはいけないものがある。

「圧倒的なシェアを誇っていたキリンと同じことをしては、絶対に成功はありえなかった」

そう断言するのは、アサヒビール元専務の松井康雄氏。同社の看板商品である「スーパードライ」を売りだした'87年に、マーケティング責任者を務めていた人物だ。

当時のビールの主流は、本場ドイツと似た「苦味」のあるもの。端的に言えば、味の濃いビールだった。だが松井氏が打ち出したのは、これまでとは真逆の「雑味のない、洗練されたクリアな味」というものだった。

「きっかけは、若い頃に自宅で妻から注いでもらったビールがまずかったこと。以来、消費者が本当に求めているのはこれではないんじゃないかなと、ずっと思っていたんです。その経験が、スーパードライの責任者になったときに活きた。『ビールの味そのもの』を疑い、消費者が本当に求めているのは何かを考え抜きました。

日本にはそもそも、『洗練された味』を好む食文化が根付いていた。それなのに、ビールばかりがなぜこんなに濃いのか。それはドイツの真似をしていたから。つまり、『美味いとされているから、美味い』と、みんな価値観を刷り込まれていたわけです。私はそこに目をつけ、日本人の味覚にあった味を提供できれば、勝機はあると考えました」

本当に大切なものは何か

ただ、斬新過ぎる発想ゆえに、社内の理解を得るには苦労したという。

「消費者の嗜好調査をすると、キリンの味が好きだと答える人がほとんどでした。それ以外知らないんですから、当然ですよ。でも、反対派の根拠としては十分。そのデータを元に、『クリアな味』なんて誰も求めてない、と言ってくるわけです。

ただ、当時のうちのシェアはわずか10%。このままいけば、いずれキリンに潰されるのは目に見えていた。何かを変えなくてはならないと思っていたんでしょう、樋口廣太郎社長が、直々に『松井に任せる』と言ってくださった」

結果、スーパードライは発売からわずか3年で、年間売り上げ1億箱という爆発的なヒットを記録した。

「それからは、他社が真似してくるようになりました。でも、ことごとくヒットしませんでしたね。ビジネスにおいては、すでに他人が歩んだ道を追いかけては、絶対に成功はないんです」

いま、自分が追っているものは、本当に大切か。歩んでいる道は間違っていないか—。

どんな世界においても、追いかけずに、何かを成し遂げられることはない。だがときに立ち止まることで、見えてくるものがある。

「週刊現代」2015年12月12日より