なぜセブ島・スラム街の住人は、死者を笑顔で送り出せるのか
~丸山ゴンザレスの「クレイジージャーニー裏日記」④

丸山 ゴンザレス プロフィール

葬儀場でギャンブル!?

霊園を散策していると人だかりが見えた。祭りでもしているかのように騒がしい。近づいてみると、壁面に垂直に死者を収めるタイプの墓の前で、どうやら葬式というか、納棺式のようなことをしている。さすがに近寄るのは不敬かなと思って距離をとって遠巻きに見ていると、参加者から逆に声をかけられた。

「暑いでしょう。飲み物でもどう?」

そう言って、ジュースを手渡された。さすがに申し訳ないと思って辞退はしたが、集団の雰囲気は、どうも悲しみにくれているという感じではない。周囲の人の話によると、故人はだいぶ年寄りのようで「大往生だし笑って送り出そう」という感じらしかった。

このケースが特別なのではなく、フィリピンでは幼子の死を除けば、明るい雰囲気の葬儀というのは珍しくないという。なかには葬式代が足りないと、葬儀の場でギャンブル大会を開催してお金を回収するなどということもあるそうだ。

フィリピン人が、それほど死に対して平面的な気持ちで接するとは、私にとっては驚きであった。

葬儀の場を後にして再び霊園内を歩いた。人気のない外れのエリアでは、壁の封印が崩れ去り、頭蓋骨が露出している墓もあった。人が管理しないとこういうことにもなりかねないというサンプルのように思えた。

フィリピンに長く暮らす友人から聞いたことだが、フィリピンでは若くして亡くなる人も多い。日本人のように80年スパンで人生を考えているわけではない。だからこそ今を楽しく生きる、東洋のラテンなどと称される国民性になっているのだ、と。

生きることの意味だけでなく、死そのものとの向き合い方も考えさせられる旅となった。