なぜ水俣病患者は「チッソを許す」と言い始めたか〜皇后美智子と石牟礼道子のものがたり

【特別対談】山折哲雄×高山文彦
山折哲雄, 高山文彦

高山 チッソを許すという患者がつづいて出てくる。それは独特な潮流ですが、おそらくは、渡辺さんに「一緒に破滅する」と書かせた石牟礼道子という母から生まれた子たちではないかと思うんです。石牟礼さんが不知火という言霊の世界を描き、その言葉が彼らに徐々に徐々に伝わっていった。

山折 先ほども言いました『三田文学』で、私は石牟礼さんを神話のイザナミノミコトと比較したんです。

イザナミは火の神・カグツチノミコトを産んで陰部を焼かれ、地上の熊野に葬られた。それで天上に姿を隠した夫のイザナギノミコトと別れ別れになる。死後のイザナミが地上になにをもたらしたかというと、私の神話解釈では、死の穢れとカグツチを産んだことによる血の穢れだった。だから、熊野の火祭りというのは、彼女によってもたらされた死と血の穢れを浄化する祭りではないかという仮説を、私は持っています。

それを石牟礼さんの運命に当てはめてみたんです。チッソによってもたらされた死の穢れと血の穢れに自分を同化しようとする「女神」として……。石牟礼さんの文学も闘争も胎児性患者によりそうことも、その線上にあると思っているからです。

高山 血の穢れ、死の穢れを石牟礼さんは全部引き受けて、もだえ神様となって言葉を発しつづけるのでしょう。だから、パーキンソン病になったいまも著作に励んでおられるんでしょうね。

山折哲雄
1931年生まれ。東北大学文学部卒業、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。国立歴史民俗博物館教授、京都造形芸術大学大学院長、国際日本文化研究センター所長などをへて、現在は国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は宗教学・思想史
高山文彦
1958年宮崎県高千穂町出身。ノンフィクション作家。92年よりフリーライターとして活動を開始。99年刊『火花 北条民雄の生涯』により、第22回講談社ノンフィクション賞と第31回大宅壮一ノンフィクション賞を同時受賞