なぜ水俣病患者は「チッソを許す」と言い始めたか〜皇后美智子と石牟礼道子のものがたり

【特別対談】山折哲雄×高山文彦
山折哲雄, 高山文彦

山折 昭和天皇から現天皇に至る戦争、災害への慰霊と鎮魂の旅は、水俣への慰問へとつながっています。その深い意味を考えないと、重いお仕事の意義が伝わらないかもしれない。

高山 天皇皇后に面会した患者さんに話を聞いていると、なんと言うのかな、もちろん嬉しかった気持ちに間違いないでしょうが、一方でたいへん冷静な印象を受けるんです。

天皇に面会しても普通の人に会っても、誰にたいしても平等にみられるというか、そこに健康な精神のありさまを感じました。なるほど、石牟礼さんが「胎児性患者にぜひ会ってください」と言ったのはこれが理由かと思いました。

山折 『ふたり』というタイトルがいいですね。一人に対して二人という人間関係は、いったい何だろうか。大きな問題ですね。

高山 二人が喧嘩してるとしても、それはお互いが認め合っている、ということですからね。一人一人はそれぞれ独立した位置に存在しています。一人が独立した固有の存在として認められるためには、もう一人かそれ以上が存在していなければならない。

山折 この二人とは、西洋的な意味での「個」と「個」が向き合った二人ではないんだろうと思いますね。自分と他者が向き合っているのでもないと思う。

この場合の二人とは、相手のある二人なんです。相手と自分なんです。相手という言葉は決して他者ではない。親しみをこめる相手なんです。「個」というものでは計り知れない関係性がそこにはあります。高山さんが描く二人の関係は、他者論なら成り立ちません。

高山 天皇皇后が熊本空港からお帰りになる日、石牟礼さんが一目でいいからお姿を見たいというので、介護してくれている人と空港へ行ってお見送りの列に並ぶんです。皇后が石牟礼さんの姿を見つけられたときの様子は、介護の方によると、「あれはもう眼差しでした。あのなかでもう会話ができていたと思います」といったものでした。

山折 まさに以心伝心だな。そしてその『ふたり』には明らかに二つの物語があったわけですね。美智子皇后と石牟礼道子の物語。もう一つはさきほども名前が出た、激しい闘争を闘い抜いき、石牟礼さんの仕事に献身的な協力を惜しまなかった渡辺京二さんとの二人の物語。

高山 支援闘争に臨むとき、渡辺さんはいっとき協力を拒んだんです。それがある日突然変わるんです。そして石牟礼さんに手紙を書く。「あなたと一緒にこれから破滅する覚悟はできています」と。

山折 すごいラブレターだなあ。