「母はわたしを愛さなかった」
その事実を受け入れ過去を手放した、ある女の告白Ⅲ

あれはしつけではなく「虐待」だった…

自分を知る──虐待され、傷ついた女の子だったわたし

その原書を読んだ時、わたしにはもうひとつ大きな発見があった。

子どもの頃、自分が虐待されていたという事実である。

最初は、その事実を自分でも認められなかった。まさか、そんなはずはない。あれはしつけであって、虐待ではなかったはずだ。虐待というのは、子どもを虐める、よその母親の話であって、わたしの体験には当てはまらないはずだ、と。

ところが原書を読み、過去を振り返り、母から受けた仕打ちを思い返せば思い返すほど、自分は虐待されていたと認めざるを得なくなった。

そう気づくと、猛烈な怒りが湧いてきた。腹の虫が治まらなかった。わたしの無垢な子ども時代は盗まれたのだ。純粋なはずの少女時代を、自己愛の強い母に奪われたのだ。

母の自己愛の毒矢に射抜かれていなければ、わたしの人生も大きく変わっていたに違いない。同じ姉妹でありながら、両親に愛された妹は地方公務員と結婚して、ふたりの娘を育てる専業主婦になった。もし、母の毒の網に絡めとられていなければ、今頃、わたしも普通に結婚して子どもの1人や2人がいても、おかしくはなかったはずだ。

そして、そういう「普通の人生」を母が奪い取った。

だがもうこれ以上は、母の自己愛の犠牲者として生きていくのはうんざりだった。

本当の自分を求めて

わたしが読んだその原書には、自己愛マザーから自分を取り戻すための「回復のステップ」が細かく紹介してあった。

わたしはそのアドバイスを、いくつか試してみることにした。

まずは母と距離を取った。実家には帰らない。電話にも出ない。

物理的に距離を取るだけではなく、心理的にも距離を置いた。母とどうしても連絡を取らなければならない時には、事実だけを伝え、できるだけ短い会話にとどめた。母が罵ったり皮肉を言ったりした時には「急いでいるから」と告げて、すぐに電話を切った。

また、パソコンに「思い出ファイル」と名づけたファイルをつくって、母とのあいだに起きた過去のできごとを一つひとつ、思い出すままに打ち込んだ。腹が立って途中で書けなくなった時もある。涙が止まらなかった時もある。

それでも毎日、1日の終わりには必ずそのファイルを開いて、過去のできごとをつづり、自分の気持ちを整理していった。泣きたい時には思いっきり泣いて、自己憐憫に浸った。 

毎日、腹が立って仕方がなかった。悔しくてたまらなかった。

だが、そのようにして猛烈な怒りに燃えた嵐のような3年が過ぎた頃、わたしは少しずつ落ち着きを取り戻していったのである。