「どうしてママを棄てたの?」
母の過剰な干渉から逃げきれなかった、ある女の告白Ⅱ

自分が誰だかわからない

家族の誰にも愛されないという孤独

帰国したわたしは、都内の小さな音楽事務所に勤めた。アパートであろうが会社であろうが、母はお構いなしに電話をかけてきた。話の9割は、浮気を繰り返す父の悪口だった。母はますます、わたしに精神的にしがみつくようになった。

最低限の娘の義務として、毎年、正月には実家に帰った。だが実家に帰ると、この上ない孤独を感じる。わたしには基盤がない。ここが自分の原点だと感じられる場所も、自分が守られ、愛されていると確認できる家族関係もない。その底知れぬ孤独と恐怖……。

その孤独感が耐えがたくなるのは、数日を過ごして、いつも実家を離れる時だった。

兄には兄の家族がある。しかも兄は実家に受け入れられ、長男という不動の立場もあり、特に母に気に入られている。母は臆面もなく兄を「ママの恋人」と呼んでいた。

妹にも妹の家族がある。大恋愛の末に結婚した夫と可愛いふたりの娘。父親似の妹は、当然父のお気に入りだった。子どもの頃から愛想が良く、誰からも愛された妹。

実家を離れる時、兄は兄の家族で、妹は妹の家族でいそいそと荷造りをし、なごやかに別れの挨拶をし、楽しげにそれぞれの家へと車を走らせ、帰っていく。

わたしはひとり荷物を詰め、駅へと向かう。実家を出る時、母はわたしに声をかけないどころか、たいていどこかへ身を隠してしまうのだった。

自分が誰だかわからないという恐怖

わたしは、もっと別の種類の孤独と恐怖にもつきまとわれた。それは、わたしという存在を、わたしという人間の根幹を揺さぶる恐ろしい孤独と恐怖だった。

わたしには恋人もいたし、仕事も充実していた。

それでも、ひとりになると、ある問いが執拗にわたしの脳裏に浮かんでくる。

「わたしはいったい誰なのか」。

初めてその問いを意識したのは、大学に入ってすぐの頃だった。地方出身者のわたしはあまり大学には馴染めず、ひとりで行動することも多かった。そして電車に乗っている時にも、賑やかな街を歩いている時にも、授業を受けている時にも、ご飯を食べている時にも、ひとりでいると決まって、その問いが口をついて出た。