# 貧困・格差

虐待、暴力、錯乱・・・「生まれる前からお前が憎かった」と母にいわれ続けた、ある女の告白

母の過剰な干渉

その反面、母はわたしに過剰に干渉した。

小学校の低学年の時には、宿題をする机の横につきっきりで座っていた。

作文もすべて母が手直しした。母が口述する文章をわたしが書き取って、賞をもらったこともある。小学二年生にして、わたしはすでに自分を大嘘つきのように思っていた。

毎日、学校から帰ると、母の決めたお稽古ごとに通った。週3日の塾をはじめ、ピアノ、クラシックバレエ、英会話、習字にそろばん。学校が終わって、友だちと遊んだことはあまりない。

学校でつきあう友だちも母が決めた。病院の院長の娘と鉄工所の社長の娘である。ピアノを習っている家の子どもなら、たいてい嫌な顔をしなかった。ところが、あまり裕福でない家庭の子どもと遊んだりすると露骨に嫌がり、必ずその子の家は貧しいだとか、借家だとか、お父さんの職業がどうだとか、友だちの家族のことまで悪く言うのだった。

母は世間体を異様に気にした。兄やわたしの成績が良ければ、機嫌が良かった。しかも作文や習字で表彰されれば、すべて自分の手柄にした。教育熱心な良妻賢母というイメージにしがみつき、ひたすらその実現を追い求めた。そして、その道具が兄やわたしだったわけだ。だから、2つ歳上の兄は子どもの頃から勉強が良くできた。

一生、結婚しないという決意

わたしは独身だ。結婚したくて結婚できなかったわけではない。結婚したくなくて結婚しなかったのだ。

つきあう相手には必ず、自分が結婚を求めておらず、仕事もやめないと告げた。

奥さんが家でご飯をつくって、子どもを育てるという、ごく普通の結婚生活を夢見ているのなら、他の人を捜して欲しいと言い、わたしの考えを受け入れてくれる相手としか、つきあわなかった。

それほどまでに、わたしは誰とも結婚したくなかった。その理由は、ある日、母からぶつけられた激しい憎悪と衝撃的な告白にある。

その日、母はこう言ったのだ。

「お前がお腹にいる時に、お父さんが浮気をしたのよ。だから、生まれる前からお前が嫌いだった。お腹にいるお前が憎くてたまらなかった。お前さえいなければ、お父さんは浮気をしなかったし、わたしが恥をかかされることもなかった。だから、お前が3歳の時に下の子を妊娠したけど、またお父さんが浮気をするんじゃないかと思って、堕ろしたのよ」

わたしは泣いた。母が自分を憎んでいることももちろん、悲しかった。だが、それ以上にショックだったのは、自分が弟か妹を殺してしまったのではないかということだった。

その罪悪感に苦しみ、そして決心した──わたしは一生、結婚もしないし、子どもも生まない。それは、まだ10歳のわたしが誓った悲痛な決意だった。