なぜ日本の政治はこれほど「劣化」したのか? 
幼稚な権力欲を隠さぬ与党とセコい野党

特別対談 島田雅彦×白井聡
島田雅彦, 白井聡

最近、原彬久さんという戦後日本政治史を研究されてきた先生が書いた、『戦後史のなかの日本社会党』(中公新書)を読みました。社会党が社民党に党名変更をして議席を大幅に減らしていって、今日につながる没落期に入った時代に書かれた本です。

これを読んで、僕は自民党は大嫌いですけど、社会党も別な形でダメであるという感想を持ちました。それは何故かというと、高度成長期にいわゆるマルクス主義の古典的な理論が通用しなくなってくる。

例えば、古典的理論の命題の一つに、資本主義社会が発展すればするほど労働者階級が貧乏になり、一部に富が集中していくという「窮乏化法則」があります。高度成長期になると、この命題は明らかに現実と合致せず、みんな豊かになってきたという実感が広がってきます。

そういう中で、どうしたらいいのかと。当然社会党の中でも考え方を変えるべきだという意見が出てくる。古典的理論の命題のいくつかを見直して、労働者階級の政党ではなく大衆政党へと方向転換しなければいけない、と構造改革派と呼ばれた人たちが言い出すわけです。

その筆頭が江田五月さんのお父さんの江田三郎さんだったわけですけど、何がひどいかというと、党内では江田理論が正しいことをみんな納得していたというのです。しかし実際には絶対に江田三郎を党首(委員長)にさせなかった。

原因は派閥対立で、過去の因縁や経緯から絶対に江田三郎を担ぎたくないという人がたくさんいたために、党の基本方針の転換ができず、実は誰も信じていない古典的マルクス主義に固執することになった。このことは、日本における社会主義がほとんど死んでしまったことの原因のひとつです。

天下を取るためなら、正しい考え方に乗るべきなのに、党内でそれぞれの子飼い勢力を抑えているプチボスが、自分たちの立場をまず維持したい。そのためには正しいとわかっている事でも反対すると、こういうセコい発想ですね。

実は自民党側でも、田中角栄なんかは「江田がもし社会党を掌握したら、自民党政権は危ういかもしれない」と一番恐れていたと言われています。日本の政治家たちの欲望の矮小さに、本当にうんざりするんですね。

島田雅彦氏

島田 もともと社会党と自民党が大きな対立の構図を作って政治をやっていた1980年代くらいまでは、自民党の中にもちゃんと派閥があって、自民党内に政治的なオルタナティブも確保されていた。保守本流と非主流派、護憲派と改憲派、ハト派とタカ派というように。それで自民党内でも政権交代がある。

社会党はその補完的な役割ということで、たとえば反安保闘争をやったときに、野党の最たる社会党がデモを盛り上げると、国内でこんなに反対世論が高まっていますから、と言ってアメリカの要求を多少はマケてもらえる。

そうした与野党がタッグを組んでの寝技が成立していた。自民党の中に社会党と通じている左派、社会党の中に自民党に通じている右派がいたわけです。