堤真一や堺雅人の“極貧”下積み時代〜部屋にキノコ、食事は雑草

週刊現代 プロフィール

名実ともに名優と言われる西田敏行(68歳)にもこんな下積み時代があった。西田の初期のマネジャーで、芸能プロ・ワイティー企画の舘野芳男社長が当時を振り返る。

「西田さんは『青年座』に入った直後から劇団の主力俳優になりました。ただし、生活は楽ではなかった。ギャラは脇役が一舞台3000円、主役でも最高8000円でしたから。役者の場合、養成所に通っている頃はバイトもできるのですが、主役級になると忙しくてバイトもできない。主力になればなるほど、生活はより苦しくなるのです。

しかも主役級になれば大量に公演のチケットを売らなくてはなりません。西田さんもチケット売りに奔走していました」

西田は、生活のため舞台の合間にドラマ出演をして稼いでいたが、最初は役名すらない端役だった。舘野氏はある単発ドラマに、西田が出演した時のことが忘れられないと言う。

「そのドラマの主演は佐久間良子さんでした。すでに大女優でしたから、彼女のマネジャーが気を利かせて、スタッフや共演者にケーキを差し入れてくれたんです。ところが、ケーキの数が足りず、端役の西田さんには回ってこなかった。周囲は気にも留めませんでしたが、西田さんは内心すごく悔しがり、恨んだようです」

 

どうでもいいことだからこそ、逆に自分のミジメさとちっぽけさを痛感したのだろう。下積み時代の西田にとって、その「ケーキ事件」は屈辱的な出来事だった。

その後、西田は『西遊記』('78年)の猪八戒役などが当たり、一躍人気者に。'81年には大河ドラマ『おんな太閤記』の豊臣秀吉役が来るまでになった。

「ところが、せっかくの大役なのに西田さんは出演を渋っていた。理由は、『おんな太閤記』の主演が、あのケーキ事件の佐久間さんだったからなんです。

ところが、その後、佐久間さんと出会い『共演が楽しみだわ。よろしくね』と声をかけられると大喜びで出演を決めました。そこでやっと下積み時代の『トラウマ』から解放されたんです」(前出の舘野氏)