知っておきたい子育ての鉄則
〜いつか「私の不幸はお母さんのせいだ!」と言われないために

キャリル・マクブライド

共感ってなに?

子ども時代に共感が得られないと、母親になったあと、わが子に共感が示せない。共感は親業のなかでもとくに重要な能力だ。困ったときに共感を示してくれる相手がいれば、自分が関心をもたれ、理解されていると感じられるからだ。

生まれ育った家庭で共感の仕方を教わっていなければ、意識的に身につける必要がある。たとえば、クライアントのシェイは「無視する母親」に育てられた。現在は、愛する夫と四人の子どもと暮らしているが、あるとき、親戚の人間が自殺する事件が起きた。シェイの家族はそのことを重く受けとめ、健全なコミュニケーションの方法を学ぶために、家族全員でわたしのオフィスにやってきた。

シェイはその日、ひどく心配していた。子どものころ、母親に感情的な欲求を満たしてもらえなかったせいで、いまも子どもに共感が示せないのだ。娘によれば、「ママは共感を示すのがとっても下手」だと言う。シェイは、共感の仕方を何ヵ月もかけて学ばなければならなかった。

わが子は優等生

わたしが最近よく思うのは、ひとりの人間であるわが子の気持ちが理解できないか、子どもの心情に寄りそわない親が多いことだ。自己愛マザーの娘であるあなたには、その落とし穴に陥らないでほしい。子どもの成績や才能が、わが子の姿ではないからだ。

アビー(四七歳)にはたいそう自慢の息子がいた。ハイスクールの花形フットボール選手でハンサムな息子が、あるとき、週末のパーティで同級生に銃を向け、逮捕される事件が起きた。アビーが駆けつけると、息子は優等生の役を演じるのがつらかったと泣き、自分もふつうの高校生だとわかってほしかったと訴えた。このときはじめて、アビーは息子の重圧と不安に気づいたのだった。

ドーリは一四歳の娘が万引きで捕まったと聞いて驚いた。「音楽の才能にめぐまれたうちの娘がそんなばかなことを? 金曜にはリサイタルという晴れ舞台が控えているのに」だが、ドーリはまず娘の気持ちを考えるべきだった。娘がどんな気持ちなのか? 自分を価値のない人間と考えているのか? リサイタルをふいにした理由があるはずだが、それはなんだろうか? ドーリは共感することを学ばなければならなかった。

感情という厄介なもの

「ありのままの気持ち」が大切とわかっていても、なかなかそれを認められないのは、子どもが偽りのない気持ちをあなたにぶつけたときだ――とりわけ、あなたにたいするネガティブな感情のときには。だが、子どもがほんとうの気持ちを感じ、それを表現するのを親が許さなければ、あなたは親として大きなトラブルに巻きこまれる。

アレクシスは、ほんとうの気持ちに向きあうことを教わらずに育った。いま、彼女のふたりの娘は薬物依存に陥っている。わたしが彼女に、薬物依存や娘の気持ちについて話しあったのかと訊ねると、彼女は答えた。「まさか。娘になんて言えばいいの? わたしだって、そんなこと、ほんとうに知りたいかしら?」

フィオナは一三歳の娘に、性的虐待を受けたと打ちあけられた。相手が家族のなかにいたために、娘はなかなかほんとうのことが言いだせなかった。フィオナはセラピーの場で「娘の話を信じたくない、なにも聞かなかったことにしたい」と言った。わたしはフィオナが娘の話に耳を傾け、真実を知る手助けをした。

ほんとうのことやほんとうの感情に向きあわないのは、非常に危険である。