「いけずやわ、ほんまに」
〜よそ者には敷居が高い「素顔の京都」の楽しみ方

表と裏と、この街には知らない顔がある
週刊現代 プロフィール

この街でものを言うのは、決してカネがあるとか、要領がいいといったことではない。自分の身の程を知り、京都の「ルール」を理解したうえで楽しむこと、言うなれば「わきまえ」が最も重視されるのである。

京都に生まれ育った作家の柏井壽氏は、「この街は、地層のような街だと思います」と言う。

「観光客には、世界遺産登録された神社仏閣といった、京都の『今の姿』しか見えないかもしれません。しかし京都人は、平安京の時代のさらに前から、この街が変化しながら幾層にも折り重なっていることを、両親や祖父母から聞いて肌で感じ、知っている。そうして育まれた街に対する責任感のようなものが、時には『いけず』と映ってしまうのだと思います」

よそ者は、そう簡単に「奥座敷」へ通してはもらえない。けれど「今日はかんにんえ」と断られても、次こそは、とまた訪れたくなる。やっぱり京都のような街は、世界中どこを探しても他に見つからない。

「週刊現代」2015年11月28日・12月5日号より