「ソフトバンクに負けて、足りないものがわかった」
ヤクルト真中満監督・独占インタビュー

2年連続最下位からの優勝、そして惨敗を振り返る
週刊現代 プロフィール

オープン戦は6勝8敗1分と勝率5割近い成績でシーズン開幕を迎え、3月27日の広島戦以降、4月11日の巨人戦まで、14試合連続で3失点以内に相手を抑えた。これは1956年に日本一に輝いた西鉄ライオンズの13試合連続を超えるプロ野球新記録です。前年、最下位の原因となったリーグワーストの防御率4・62を感じさせない快進撃で、少しずつ自信をつけてくれました。

それでも5月4日のDeNA戦から同16日の巨人戦まで9連敗を喫した。4月下旬に主砲のバレンティンが負傷し、手術を受けるために米国に帰った。内心は焦りましたけど、コーチ会議では「まだ大丈夫。取り返しがきく」と言い続けました。選手にもコーチにも、前向きな姿勢を失ってほしくなかったからです。

Aクラスに返り咲き、巨人や阪神と0・5ゲーム差以内で優勝争いをしていた8月、選手の口から「Aクラスに入ろう」ではなく、「優勝」という言葉しか聞かれなくなった。選手がたくましくなったことを実感し、この頃から優勝への手ごたえを感じていました。

「怒る指導」は必要ない

監督として気を使ってきたのは、選手との距離感です。選手の給料は監督の采配次第で決まるもので、その家族の生活にも影響する。私はもともと、集団の輪に入ってワイワイやることが好きな性格ですが、直接指導はコーチ陣の仕事、と位置づけ、私は選手の動きを見守り、その分、コーチ会議で密に話をしました。

コーチに求めたのは、選手に自主性を植え付けること。そして選手が感じたことにコーチも耳を傾け、いろんな意見を言い合える雰囲気を作りたかった。

三木肇・作戦兼内野守備走塁コーチは春季キャンプで選手に、キャッチボールの相手を毎日替えるように指示し、選手同士の仲間意識をより深めさせた。公式戦に入ると、控え選手から主力選手に至るまで毎日全員に意識して声をかけ続け、選手の「心の声」を聴く努力をしてくれました。

捕手の中村悠平を担当した野村克則バッテリーコーチも、言いすぎるくらいに要求してくれた。ある試合で、中村がミスをおかし、ベンチで徹底的に怒っている野村コーチに、私が「十分伝わっているから、もうそれ以上言うな」とたしなめたことがあるぐらいです。

2人だけでなく、コーチ陣は、会議でも意見を戦わせてくれた。たとえばミスをした選手がいたとき、コーチ会議ではその選手に対し、誰が注意するか、ということから決め、その担当コーチから「監督、その選手のフォローを頼みます」とお願いされることもあった。選手に気を使いすぎることはよくない。でも、前向きにプレーしてもらうための指導方法の「根回し」は、必要なことだと思っています。

スポーツの指導者は怒らないと甘い指導者、と見られがちですが、僕は怒らなくていいと思っている。大事なことは、相手に伝わること。伝わったことで、「改善しよう」と選手が行動を変えることが一番大切だからです。

私の出る幕は限られましたが、直接、選手に声をかけたこともあります。

前年、日本人右打者最多となるシーズン193安打を放ってブレイクした山田哲人が、今季の開幕当初、打率2割4分台と不振にあえいでいた。彼は一見、性格が軽そうに見えますが、実は責任感がすごく強い。当時、バレンティンが離脱した直後で、チームも連敗中だった。「やらなきゃ」という思いが気負いにつながり、状態があがってこなかったのです。