殺し屋がたどり着いた真の「正義」とは?
~極限の中に生まれる新しい秩序と価値観

柴田 哲孝

警察官はいつの世にも、“正義”の象徴だった。その警察官の視線で世の中の善悪を判断し、法を執行して“悪”に勝利すれば、誰もが納得する。それが“正義”なのだと錯覚する。

だが、そんな上辺だけの“正義”に、意義と呼べるものがあるのだろうか。現代社会では警察官が法を犯し、犯罪の加害者となることも珍らしくはない。それ以前に、警察が弱者よりも権力の側の組織であることは不変の真理である。そんな警察官を主人公にして“正義”を騙る安易な小説を書くことに、以前から疑問を感じていた。

極限の中に“正義”が見える

そこで『クズリ』である。

今回の小説を書くに当り、“狼紊”という新たな登場人物に特別な命を吹き込んだ。

彼の職業は“殺し屋”だ。金のために人を殺す運命を背負って、生きている。

国籍も、人種も定かではない。年齢も、本当の名前もわからない。自分が“何者なのか”すらも知らずに生きている。

もし腹が減れば飯を食い、渇きを覚えれば酒を飲む。眠くなれば、中華街の飯館の屋根裏部屋に潜んで眠る。すべてを本能で判断し、自分だけの経験値と価値観に従って行動している。

狼紊の周囲には他にも様々な人間が登場する。中国の黒社会の殺し屋たち。韓国人の麻薬密売人と、その情婦。日本人のヤクザと、汚れた捜査に手を染める警察官。中国人の不法就労者の女ーー。

登場人物はすべて、アウトローばかりだ。彼らには、法律という概念など存在しない。ルールという決め事も、“正義”などという甘えも通用しない。彼ら登場人物の中に普遍的、必然的関係の基準があるとすれば、「誰が強者なのか」という絶対的な事実だけだ。

ストーリーは主人公の狼紊とその恋人の春燕を中心に、坦々と進行していく。現代の日本を舞台に法も“正義”も通用しない彼らにひとつの小説の行方を委ねるとは、ひとつの実験であり、冒険でもあった。だが書き進むうちにそれぞれの登場人物が命と意志を持ちはじめ、ストーリーを牽引し、その小さな社会の中に新しい秩序と価値観が生まれた。

こうして書き上げたのが、小説『クズリ』である。

はたして彼らは、どこに向かっていくのか。行く末に、どのような結末が待っているのか。それをいま、ここで話すことはできない。

唯一いえるのは、極限の中に、新しい真の“正義”が見えてくるということだけだ。

(柴田哲孝・作家)
読書人の雑誌「本」2015年12月号より

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