これぞリアル『下町ロケット』だ!
大企業のイジメに負けなかった「町工場の物語」

世界のグーグル相手に戦った男もいる
週刊現代 プロフィール

「リストラする社員の前で挨拶をするとき、涙があふれて何も言えなかった。『社長として何をしていたんだ』と、情けなくてしょうがなかった」

小林氏は「脱下請け」を決意。発注を待つのではなく、自らトラックを運転して製品の営業を始めた。

ただ現実は甘くはなく、受け入れてくれる企業はほとんどなかったという。

「たまに仕事をくれるのは、開発を行う技術部の人だけ。しかも大量生産する製品の受注ではなく、試作品を作る手伝いですから、注文の難易度が非常に高く、人がやらないようなものばかり。でも結果的に、これがよかった。2~3年必死にやっている中で、うちの技術力はどんどん高くなっていったんです」

そんな中で生まれたのが、セルコの代名詞でもある「高密度コイル」だった。コイルは巻けば巻くほど高性能になるが、密度の限界は約70%とされていた。だがセルコは、ほぼ100%の密度を持つコイルを開発してみせたのだ。

大企業が真似しようと思ってもできない、技術力の結晶。専門誌などにも取り上げられるようになり、セルコには仕事が次々と舞い込んでくるようになった。

「特許も取りましたが、うちみたいな小さな町工場が大企業の製品すべてを監視するのは不可能。もしかしたら、どこかの企業がうちのコイルを真似しているかもしれません。

でも、セルコにかつて『下請け根性』があったように、元請けにもまた、下請けに厳しく自社に甘い体質が染み付いている。だから、うちと完璧に同じものは作れないと思っています。

一方で、うちの技術を認めてくれて、対等に付き合ってくれるメーカーさんもたくさん出てきました。ドラマでもそうでしたが、町工場が生き残るには、『そこでしかできない技術』を生み出すしかないんです」

東京都大田区大森にある、精密板金加工業の金森製作所。「戦う経営者」として知られる同社社長の金森茂氏は、大企業にも町工場の気持ちを汲んでくれる人間がいることを、身をもって知っている。

「'78年に設立した頃は、下請けどころか、うちは3次、4次請けの仕事しかなかった。安いカネで発注を受けて、文句でも言おうものなら『じゃあ他でやってもらうからいいよ』と。それが当たり前でした」

普通の経営者なら、「仕方ない」と諦めるところだろう。だが、金森氏は違った。4次請けだったにもかかわらず、ピラミッドの頂点に位置する大手メーカーへ、直談判するという手段に打って出たのだ。