スピンク(犬)が見た作家・町田康の仕事ぶり……「小説の執筆と言いながら、何しているの?」

【特別公開】スピンク日記3
町田 康 プロフィール

 といって本格的に草むしりをする訳でもなく、一抱えもむしると立ち上がり、左手に新聞、右手に草の束を持ってぶらぶら歩いてくると、玄関脇に置いてある樽に草を捨て、玄関を開け、入ってすぐ左手の仕事部屋に戻ってきます。

 それから新聞を広げて読み始めるのですが、それは読んでいると言うよりは眺めていると言う方が正しく、ただ機械的に頁を繰っているに過ぎないので、五分も経たないうちに読み終わってしまいます。

 そうして新聞については不熱心なくせに、折り込みチラシは随分、熱心に読みます。なにを読んでいるのかと、机に手をかけてのぞき込むと、霊園の広告や求人広告をいつまでもいつまでも熱心に読み、「ううむ。宗教宗派不問というのはどうなんだろうか。実際の話」「これで時給850円つうのはねだろうがよ」などと呟いています。

 どうやら当人は呟いている自覚はないようです。

 そんなことで、新聞やチラシを几帳面に折り畳んで机の隅に置くと、主人は、世にも情けない声で、「やるかあ」と言って、それで漸(ようや)く仕事です。その時点でもう八時かそれくらいになっています。

 やりかけのファイルを開き、パチパチパチ、パチパチパチ、と音がするのは文字を打ち込んでいるのです。やっと始まった、そう思うのはでも一瞬です。時間にして、ほんの数十秒、文字にすれば、十文字かそこらを打ち込んだかと思ったらポチはまたそわそわと立ち上がり、キッチンの方へ行ってしまいます。

 今度は暫く戻ってきません。十分くらい経ってやっと戻ってくるので、「はふはふ」と言って駆け寄ると、「危ない、どいて」と言うのは、手に熱いコーヒーまたは茶の入ったポットを持っているからです。

 それからやっと本格的なパチパチが始まり、私は主人の足元、またはデスクの下で待ちに入るのですがともするとパチパチは中断、心配になってのぞき込むと、『森林生態学』なんて分厚い本を読み耽っていたり、インターネットにアクセスして、掃除機のダストパックがもっとも安いネットショップを熱心に探すなどしています。

 或いは、奇妙な音がするので、すわ賊か、と起き上がり、がうがう吠えようとしたら、ポチが傍らのギターを手にとって、しゃらしゃら弾くなどしています。

 そんなことで、主人・ポチの仕事はなかなか終わらず、待っているこっちは本当に焦れったくなってしまうのです。