スピンク(犬)が見た作家・町田康の仕事ぶり……「小説の執筆と言いながら、何しているの?」

【特別公開】スピンク日記3
町田 康 プロフィール

 しかし、私は散歩に行きたいのでやむなくポチのところに行き、ティーシャーツの裾を噛んで引っ張る、サンダルをくわえて持ち去るなど、いろいろやってみるのですが、ポチは、「そんなことしたらダメ。ノー」などと言うばかりで私の真意を察しないのです。鈍感でしょ。なんでも小説というものは人情の機微に通じていないと書けないものらしいですが、こんなことで、果たして彼に小説が書けているのだろうかと、とても心配になってしまいます。

 と、まあ、それはそれとして、そういう訳で、ポチの仕事がいつ終わるかというのは私にとって却々(なかなか)重大な問題なんです。

 しかし、傍目(はため)からみていてどこまで進展しているかわからないので焦れったくてしょうがないということなんですね。しかも、その日によって八時くらいに終わってしまうこともあれば十一時になっても終わらないこともあって、まったく予測不能なんです。

 そんなことで私はいつ終わるとも知れないポチの仕事が終わるまでじっと待つ訳で、まあ、私たち犬はウェイティングビジネスといって待つのが仕事のようなところがあるのでそれは別に構わないのですが、でも、主人・ポチの場合、少し納得がいかない部分もあります。

 というのは私が待っている間、主人・ポチがずっと小説を書いているかと言うとそうでもないからです。

 まず、ポチはなかなか仕事にとりかかりません。ポチは犬の私より早起きで遅くとも五時には二階の寝室から寝間着のまま一階の仕事部屋に降りてきます。これを聞くと大抵の人が、「なんて働きものだ」と思うでしょう。けれどもポチは起きてきてすぐ仕事に取りかかる訳ではありません。仕事場に入ってきたら、「あ、うーん。あみゃみゃ」などと意味不明なことを呟きながらコンピュータの電源を投入し、しかし、それが起動するのを待たず部屋を出てキッチンの方へ行ってしまいます。しばらくキッチンや廊下のあたりでごそごそしているなと思ったら戻ってきて、暫く机の前に座り、コンピュータの画面を三十秒ほど眺めて、今度は玄関の扉を開けて表へ出て行きます。

 どこに行くのだろう、と思って窓からのぞくと門の方へ歩いていき、郵便受けから新聞を取り出すので、「成る程、新聞を取りにいったのだな。ということは新聞を持って戻ってくるのだな」と思っているとさにあらず、真直ぐ玄関の方に来ないで途中で右に曲がり、庭の方へ行ってしまいます。

 それでなにをするわけでもない、ぼんやり雑木を眺めたり、かがみ込んで雑草を見つめたりしています。そんなことをしていたかと思ったらふらふら庭の奥の方へ歩いていき、なにを思ったか草をむしり始めたりします。

 冬など、この時間はまだ真っ暗で、真っ暗ななか寝間着姿でかがみ込んで草をむしるその姿は、はっきり言って気のおかしい人のようでした。