父親4人、貧困、虐待、中卒で就職、インドネシアで1000万の生命保険に……安倍昭恵が果てしなき「壮絶人生」に迫る!

安倍昭恵×黒沢一樹(第一回)

3人目の父から虐待、6人の妹・弟の子育て

黒沢: 2番目の父親は素晴らしい人でした。厳しい人だったんですけど、自分の子供のように僕を育ててくれました。でも、僕が小学校3年生、父が30歳くらいのとき、糖尿病で倒れたんです。その翌年に亡くなりました。その半年後くらいにはもう3番目の父親ができちゃったんです。

ちなみに僕は実の父親の記憶はまったくないので、自分が妹たちや2番目の父親と血がつながっていないことを知ったのは、悪さをして捕まったときなんです。それまでは2番目の父が実の父親だとずっと思っていました。

3番目の父親はひどかった。まったく働かない人だったので、いつも母にお金を無心に来るんです。母は日払いなんですが、父はそのお金で飲みに行って、パチンコをして競馬をして借金を作って……不思議と子供ばっかりどんどん増えるんですよ。

安倍: お母さんは妊娠していても仕事をされていたんですか?

黒沢: この頃は、ホステスのみの仕事でしたので、出産ギリギリまで仕事をしていました。それでも固定ファンがいるから、何とか成り立ったんでしょうね。

その間に流産なんかも3、4回経験していたりするのを間近で見てきたんですが、最終的には妹と弟がたくさんできたんです。いろいろ計算すると12、13人くらいいるんですが(笑)、今わかっている限りでは6人ですね。

僕が一番上です。母は仕事で疲れきっているし、父もなにもしないから、小学校4年生の頃に本で調べて、弟と妹の世話をしていたんです。僕がやらないと兄弟が死んじゃいますから。

安倍: 施設に行くことは考えなかったんですか?

黒沢: 僕は何度も保護されているんです。児童相談所はもちろん警察にも保護されているんですが、警察には「民事不介入」の原則があるし、児童相談所では「家に帰りたいよね? ママに会いたいよね?」って聞かれるんですよ。子供は「はい」って答えるしかないじゃないですか。それを根拠に「じゃあ家に帰しましょう」と。

だから僕は小学生ながら、「この兄弟たちを守れるのは自分しかいないんだ」と思っていました 。そして、「先生は信用できないし、大人は信用できない」と、心に深く刻んだ時期でしたね。

継父からの虐待で、身体はアザだらけ、顔も傷だらけでした。いま髪を長くしているのも頭が傷だらけだからです。継父に殴られたり、包丁で刺されたり、首を絞められてほったらかしにされたり……。

でも、現場を見ないとわからないから、警察でも児童相談所でも子供が言っている与太話のように受け取られてしまったんです。

安倍: 逃げ出そうとは思わなかったんですか?

黒沢: 逃げ出したことはあります。ただ、弟と妹はどうするんだ、という思いが湧いてきて。

安倍: お祖父ちゃんやお祖母ちゃんはいなかったんですか?

黒沢: 母が3番目の父と結婚するときに「そんな男はダメだ」と反対されて勘当状態だったんです。とにかく独りで生きていくしかない状況でした。