現在のベルヴィル地区〔photo〕gettyimages
アラブ人たちがこの地区から追放されてからは、私は日曜日にベルヴィル地区に行くようになった。日曜日になると郊外に散ったアラブ人たちが集まってくる。知り合いをみつけると路上で立ち話をし、旧交を温める。そんな雰囲気をみていると、私は一瞬だけいまのパリの町を覆っている慌ただしさを忘れることができた。
このアラブ人たちにとっては、自分たちの存在を解放してくれるものはイスラムでしかなかった。イスラム教徒としての誇りだけが、彼らを人間的世界に引き戻す。それが多くのアラブ人たちの現実である。
フランスやイギリスなどのヨーロッパ諸国は、歴史的にみるとイスラム地域に対してふたつの大きな誤りを犯している。ひとつは植民地の分割、もうひとつは戦後の移民政策である。
もともと明確な国境をもたずに、イスラム教で結ばれていた地域を植民地として分割し、後に都合のいい王朝を擁立したこともある。それがいまの国境になっているのだが、アラブ諸国では植民地化された時代の精算がまだ終わっていない。だからこの問題を解決しようという提案が、イスラム世界では「正義」として通用する。
もうひとつの誤りは戦後の移民政策である。労働力不足への対策として呼び寄せ、都合のいい底辺労働力として利用しつづけようとした。
さらにフランスをみれば、フランス的普遍主義が問題を悪化させた。フランスの近代の理念にこそ普遍的な価値があり、それに同化する人たちのみがフランスで暮らすことができるという発想は、現実には、同化しても仕事もみつからない人たちを生みだし、イスラムにアイデンティティを求める人びとをつくりだすことになったのである。
アラブ人にとってのこの不条理と植民地による分割が精算されていないという不条理は、容易にひとつのものとして結びつく。なぜならどちらもがヨーロッパ的横暴でしかないからである。
あたかも自分たちが世界を支配してよいのだとでもいうような横暴が、このふたつの現実をも生みだした、少なくともイスラム教徒の側からはそのように思えてくる。
そしてそれはイスラエル問題でも同じなのである。ナチスドイツがユダヤ人を虐殺し、その精算をイスラエルの建国によって実現しようとした。しかしそれはイスラムの側からみれば、パレスチナの地に突然イスラエルが建国され、パレスチナ人は自分たちの地を奪われたにすぎない。
欧米的都合の前では、イスラム世界は欧米諸国が処分してもかまわない場所として扱われてきたのである。