「差別」「排斥」はニッポンの娯楽になってしまったのか?

そしてヘイトスピーチが日本を侵食する
安田 浩一 プロフィール

差別の先にあるもの

緒方は水俣病認定患者であり、現在は地元の水俣病資料館で「語り部」を務めている。

その日の昼、緒方は地元テレビ局のインタビューに応じ、「多くの被害者を出した水俣病の記憶を消してはいけない。これからも発信していきたい」と訴えた。

男はその模様を報じたニュースを見たうえで電話してきたのだろう。以降、約1ヵ月にわたって数十本の無言電話が続いた。電話は深夜や明け方に集中したという。

深いため息を漏らしながら、緒方は話した。

「水俣病に対する差別と偏見があるからでしょう。電話の主からすれば、公害病認定患者というのは『国を騒がす』迷惑な存在であり、さらには何らかの特権を持っているとでも思っているのでしょうか」

水俣病認定を「特権」だとする物言いは、ネットの中でも見ることができる。権利回復や権利獲得のために動くと、とたんに非難の波が押し寄せる。それだけで「敵」と認定される。吊るされて叩かれる。それがいまの日本社会を覆う「空気」だ。

それでも緒方は「電話の主を恨んではいない」と私に告げた。

「その男に憎悪することを仕向けたのは誰なのか。誰が憎悪を教え込んだのか。はっきりしているじゃないですか」

そう言って緒方は力なく笑った。生まれながらの差別主義者など存在しない。差別と偏見と憎悪を"仕込む"のもまた、我々が住む国であり、社会だ。

生活保護受給者へのバッシングはいまも続くが、それを煽ったのは政治家であり、メディアだった。煽られた者たちは日の丸を打ち振りながら「国に迷惑をかけるな」と絶叫した。

広島では原爆の被爆者に対して「被爆者特権を許すな」と主張する者たちのデモがあった。その広島では14年夏、大雨による水害が発生した。その際、「被災地に外国人の窃盗団が押し寄せている」とのデマが飛び交い、実際に有志による自警団設立の動きがあった。

福島では原発事故によって住む場所を奪われた人々を「プロ避難民」と蔑む街頭宣伝がおこなわれた。参加者らは「国に甘えるな」と被災者を糾弾した。

憎悪し、差別する側の主体は、必ずしも在特会やそのシンパとは限らない。

ネット上で〈韓国人とは宇宙人だと思って付き合え〉〈韓国人は整形をしなければ見られた顔ではない〉〈共産支那はゴキブリと蛆虫、朝鮮半島はシラミとダニ。慰安婦だらけの国〉などと書き込んでいる者がいた。調べてみたら世界遺産にも指定される神社の宮司だった。

私は奈良県吉野にあるその神社を訪ねた。

なぜ、そうした書き込みをするのかと問うと、宮司は激怒した。

「私の書き込みをヘイトスピーチだというのか! そんなことを書いたら許さない!」

それでも言葉を交わすなかで、冷静さを取り戻した宮司は次のように答えた。

「ヘイトスピーチを肯定しているわけじゃない。在特会だって好きじゃない。しかし、日本を貶めているものには怒りを感じているだけなんです」

憎悪でも偏見でもなく、理由がはっきりした怒りなのだと、宮司は何度も繰り返した。

おそらく、差別する側の平均的な心情ではないかと私は思うのだ。

だが、「理由」を以て差別が肯定されるのであれば、世界中のあらゆる差別が許されてしまう。問題は差別する者と、煽る者のなかにこそ存在する。

ちなみにこの宮司、13年3月に自らの思いをエッセーとしてまとめた本を自費出版していた。帯には「戦後失われた『日本人の誇り』をテーマとして、自分の国は自分達が守らなければならないという強い意思を感じます」と推薦の言葉が記されている。

言葉の主は――安倍晋三首相であった。

差別する側を追いかけていくと、その先に見えるのは、いつだって為政者の姿である。

差別的心情は上と下で呼応しながら、排他の気分をつくりだす。

そんな社会を私たちは生きている。

差別と闘うのか、差別に飲み込まれるのか。社会の力量が試されている。

(『ネットと愛国』文庫版 あとがきより)