孤児院で育ち、極貧から220億円の資産家になるまで
「ココイチ創業者」直撃インタビュー!

週刊現代 プロフィール

宗次氏が運営する音楽ホール「宗次ホール」を訪れると、宗次氏は早朝からホールの前の道を掃除し、花を植えていた。白のポロシャツにキャップをかぶり、ゴミ箱や花の苗を運んでいる。

話を聞くうち、宗次氏がカネのために株を売るような人物ではないことが次第に明らかになっていった。

宗次氏は本誌の取材に、こう答えた。

—宗次さんが自ら株を引き取るよう頼んだという話が出ています。

「えっ?まったく逆です。ハウスさんと(壱番屋の浜島俊哉)社長が相談して決めて、そのあとに私のところに依頼があったんです」

—株を手放すことに迷いはありませんでしたか。

「国内の市場はもう飽和状態なんですよ。これからは海外で勝負していくしかない。(ハウス食品は)全面的にその後押しをするということなので、会社(ココイチ)にとってもいい話だと思います。迷うことはなかった」

—なぜハウス食品だったのでしょうか。

「ハウスさんとは、私たち夫婦が(ココイチの前身の)喫茶店をやっていた頃から約40年の付き合いです。店でカレーを出すため、いろんなメーカーのカレールーを試した結果、家内が一番おいしいと言ったルーがハウスさんの製品だった。会社を作ったあとは、微妙なスパイスの調合のリクエストにも応えてくれました。

私たち夫婦が追い求めてきた『究極のカレー』を実現させるためには、欠くことのできない存在でした。長い歴史の中で培われた信頼関係があったから、今回もすんなり『うん』と言える」

—TOBに応じる代わりに条件は出しましたか。

「そんなものあるわけない。すべては信頼関係ですよ」

「変人」と呼ばれてもいい

宗次氏は並々ならぬ苦労を乗り越え、ココイチを巨大チェーンに育て上げた。ところが、'02年に引退したあとは、経営に口出しをすることは一切なくなった。さらに、今回の買収では、我が子のような会社の株式を手放してしまう。驚くべき引き際のよさだ。

現在は、'03年に自身が立ち上げた「イエロー・エンジェル」というNPOで、クラシックホールを経営している。この「宗次ホール」は、宗次氏が28億円もの私財を投じて建てたといわれる。氏は同時に、経済的理由で進学できない音楽家志望の子供たちを支援している。宗次氏を知る壱番屋OBが言う。

「まわりの人間は、敬愛を込めて、宗次さんを『変人』と呼んでいます。途方もなく莫大な資産を、これまで自分を助けてくれた人にどう返すかということばかり考えている。最近では、東海圏の小中学校100校以上に、吹奏楽用の楽器を寄付したそうです」