干場義雅 第2回
「編集の仕事をやりたいと思っていたときに、ある雑誌の編集長と知り合い、『ぼくを編集者にしてください!』と土下座して頼みこみました」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 面白いと思うと寝食を忘れてその仕事に打ち込めることはたしかです。わたしも25歳で編集者になりましたが、脳内麻薬が出ていたんでしょうね、徹夜なんてまったく苦になりませんでした。

干場 そんなわけで、自分もいつか編集者になりたいなあと思っていたところに、友人の紹介で、ある雑誌の表紙モデルをやらせてもらったんです。で、さらにそれがきっかけとなり、とあるファッション誌の編集長と知り合ったんですよ。これは一世一代のチャンス到来だと思って、迷わず、「お願いです。ぼくを編集者にしてください!」と床に土下座して頼みこみました。

シマジ 若さのなせる業だね。直球勝負なところがすばらしい!

干場 ところがその編集長に「バカだなあ。そんなに簡単になれるわけないだろう。だいたいお前、どこの大学を出たんだ?」と言われたので、「いいえ、大学は出ていません。入ってもいません。ぼくは高卒です!」と正直に言いました。編集長は「それじゃあ無理だ。マスコミは大学を出ていないと入れない」とバッサリです。

立木 いやいや、ここにも3人、コネで入った編集者が並んでいるんだから、なめてかかってOKだよ。本人たちを目の前にして言っているんだから間違いない。

シマジ アッハッハ。たしかに編集者稼業というのは大学や学閥に関係なく、まったく別の才能で勝負する世界ですからね。ただ、入社試験を受ける条件が4年制大学卒ということになっているだけですよ。

干場 でもぼくのガッカリした顔を見て同情したのか、「ところでお前、なにが出来るんだ?」と聞かれたので、思わず「ファッションのことでしたら誰にも負けません!」と大見得を切っちゃったんです。そうしたら「お前、そこまで言いきるなんて、たいした自信だな。面白い。一度、編集部に遊びに来なさい」と言ってくれたんです。

シマジ 再びファッションの女神が微笑みかけてくれた瞬間ですね。そのときの干場さんのように、この商売に重要なものは「情熱と妄想」です。いまの編集者に欠落しているのはこの2つでしょう。ここにいるセオとヒノ、そして他の媒体でわたしを担当している編集者たちは別として、ですが。

わたし自身も25歳で『週刊プレイボーイ』の新人編集者になったとき、自分から「柴田錬三郎先生の担当にしてください」と名乗りを上げました。そういう勇気、根拠のない自信がモノを言う運命的な瞬間っていうのが人生には必ずあるものです。