干場義雅 第2回
「編集の仕事をやりたいと思っていたときに、ある雑誌の編集長と知り合い、『ぼくを編集者にしてください!』と土下座して頼みこみました」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 当時、モデルのバイトはいくらぐらいになったんですか?

干場 1回行くと、だいたい1万5,000円から、良いときで2万円ぐらい振り込んでもらえましたから、けっこう良いお小遣いになりましたよ。

シマジ それは貴重な経験でしたね。モデルの気持ちが理解できる編集長っていうのは凄くいいんじゃないですか。現場でもモデルにやさしくなれるでしょう。

立木 シマジもモデルのアルバイトをしていればもっとやさしくなれたのになあ。いや、ゴメン、それは無理な相談だった。

ヒノ そのころは実家に住んでいたんですか?

干場 そうです。月収が18万足らずでしたから、1人暮らしが出来るような身分ではなかったですね。

シマジ そうでしょうね。洋服も買ってお洒落もしないといけないしね。

干場 でも本当は大学に行きたかったんですよ。

シマジ 干場さんは大学に行かなかったことをむしろ誇りに思ったほうがいい。受験料をぜんぶお洒落のために使い切ったその豪快さがわたしは大好きです。そこまでやれる人間はそうはいませんよ。

干場 いや~、本当にいまだから言えるというか、いまでも親には言えないというか、なんか複雑な気持ちです。

シマジ アッハッハ。たぶんご両親はこのページは読まないから大丈夫でしょう。

干場 じつはオフクロにも言ってないんです(笑)。

シマジ まあ、大学の授業料を払わずに済んだわけだし、いまの干場さんの大活躍をみれば、息子がこんなに立派になってくれて嬉しく思っているんじゃないですか。

セオ 干場さんはその後、どのようにしてモデルから編集者になられたんですか?