[プロ野球]
上田哲之「監督とは何かーー原辰徳、エディー・ジョーンズ、そして工藤公康」

スポーツコミュニケーションズ

宮本慎也に垣間見える名将の資質

ところで、就任1年目でソフトバンクを連覇に導いたのだから、工藤監督も、名将といっていいだろう。その工藤采配に対して、宮本慎也さんは、このような指摘をされた。 

<(ヤクルトにも逆転の要素があるのは)ソフトバンクが実践する野球は「隙だらけ」だからだ。(略)6回裏の摂津は、(略)危険な続投になった。さらに1死満塁での外野の守備位置も疑問だった。(略)攻撃面でも7回表無死一塁からオートマチックで三振ゲッツー。(略)臨機応変に対応していく姿勢がなかった>(『日刊スポーツ』10月29日付)

<これだけ能力のある選手がいるならば、あまり窮屈な野球を実践する必要はないのかもしれない>(『日刊スポーツ』10月30日付。いずれも「宮本慎也の野究道」) 

前者は、ソフトバンクが王手をかけた第4戦。後者は、日本一を決めた第5戦の評論である。

宮本さんの指摘は、いつもながら、きわめて鋭い。工藤監督がこの一年、腐心したのは、この充実した戦力の実力を、どう十分に、年間通して試合で発揮させるか、ということであっただろう。実力さえ出せば、優勝できる能力があることはわかっているのだから。それを宮本さんは、第4戦後には「隙だらけ」と評し、第5戦後には自らの指摘を「窮屈な野球」と表現した。

昨年、日本一になった戦力を引き継いで連覇を狙うには、工藤監督のやり方は正解だった、と言うべきだろう。それは了解したうえで、もう一度、かのエディー・ジョーンズヘッドコーチを思い起こしてほしい。

彼のやりかたは、おそらくは、工藤監督よりも、宮本さんの指摘のほうに親和性がある。

さきほどの言葉をつかえば、工藤監督は、「他者性」よりも「家族性」の強い名将ではないか。そして、もし、宮本さんが将来、監督になることがあるとすれば、「他者性」も前面に出して戦うのではないか。

ここで、両者の優劣を語ろうとは思わない。一口に優れた監督といっても、実際には様々なやり方があるに決まっている。ただ、今後、たとえば、日本代表がWBCを戦うときなどは、「エディー・ジョーンズ的な」監督が必要になるのではあるまいか。

上田哲之(うえだてつゆき)
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。