ジャーナリスト・安田浩一さんの「わが人生最高の10冊」

「ひとを知る仕事がしたい」と思わせてくれた本
週刊現代 プロフィール

あの日の大先輩の言葉を胸に

次の石牟礼道子さんの『苦海浄土』は、水俣病患者たちの闘いに寄り添ったノンフィクションです。

昨年、水俣病の資料館を取材で訪れたんですが、国を相手に訴訟を起こした患者さんを「おまえはニセ患者だ」と中傷する当時の手紙などが展示されているのを目にして、ヘイトスピーチにつながる歪んだ人間心理が突然出てきたものではないのだと理解できました。公害病の苦しみは身体的な苦痛にとどまらない、心ない中傷、差別にもある。この本はそこをきちんと書いている。

石牟礼さんは、水俣に定住して聴き取りをするうち、取材者をこえて当事者のようになっていく。腰を据えた丁寧な取材の蓄積があってこそのことで、わずか数日の取材だけで東京に戻っていく人間には書けない本です。

8位の佐野眞一さんの『業界紙諸君!』。'01年に僕が週刊誌記者をやめ、食えないでいたときに声をかけてくれたのが佐野さんだったんですよね。「手が空いているなら取材を手伝ってほしい」と。

このときの仕事は後に『阿片王』という本になりましたが、当時の佐野さんはご自分でも取材に出向かれていて、二人で農村に聞き込みに行ったときのことはよく覚えています。

何軒もの家を回っても何も得るものがなく、疲れはてたときに「もう一軒行こう」。僕はどうせ無駄足だと音をあげかけていたら、「ああ、それは……」と情報を持った人に出くわす。その瞬間、佐野さんは身を乗り出し、片足が玄関に入り込んでいる。

情報に食らいつく姿勢と粘り強さ。「10軒ダメなら11軒だよ」という佐野さんの言葉は、僕が自分を奮い立たせる掛け声になっています。

「佐野さんらしい」一冊となると、僕にとってはこの本なんですね。

たとえばウナギ業界には二つのライバル紙があり、今年の出荷量をどちらが先に載せるかに力を注いでいる。業界紙の世界独特の滑稽味や屈折とともに、彼らの心意気を拾い上げてゆく手法や問題意識は再読しても面白いです。

最後にあげる『破滅 梅川昭美の三十年』。猟銃を持って銀行を襲撃した男が籠城。人質の女子行員を裸にして盾にしたり、重傷を負った行員の耳を削ぐなど、まさに「破滅」に向かってひた走った男の狂気の歩幅が、記者の執念の歩幅とともに伝わってくる。

「あとがき」に記された専従記者の多さ。この時代の新聞が調査報道にかけていた情熱に圧倒されます。

こうして並べてみて自分でも納得したのは、いまは日に日にノンフィクションの環境は厳しくなっていますが、挫けず「こういう仕事をしていきたい」と思う本なんですね。

(構成/朝山実)

やすだ・こういち/'64年静岡生まれ。週刊誌記者を経て'01年独立。'15年度、大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)、『ネット私刑』(扶桑社新書)など

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▲安田浩一さんが最近選んだ一冊

戦場体験者沈黙の記録
保阪正康著 筑摩書房 1900円

「保阪さんは延べ4000人から戦場体験を聴き取りし、加害体験がなぜ日本では語り継がれてこなかったのかを考察している。軍隊時代の階級による上下関係を引きずった、戦友会の存在に焦点を当てた視点が新鮮です」

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