目に見えぬものへの真摯な「祈り」にこの国は耳を傾けているか

【リレー読書日記・堀川惠子】
週刊現代 プロフィール

だれのための慰霊か

目に見えぬものを大切に思う気持ちは尊いが、見えないがゆえ悪用されぬよう気をつけることも肝要だ。毎日新聞「靖国」取材班『靖国戦後秘史』を読んで、深いため息が漏れた。

靖国戦後秘史 A級戦犯を合祀した男』 毎日新聞「靖国」取材班 角川ソフィア文庫/880円

A級戦犯の合祀を長く保留してきた筑波藤麿宮司の死後、靖国の表舞台に現れる顔ぶれは凄まじい。司法界から青法協を駆逐した強権で知られる、石田和外元最高裁長官がキーマンとして登場。皇国史観や玉砕思想を唱えた元東大教授、平泉澄を精神的支柱に据える勢力により松平永芳宮司は擁立され、1978年、A級戦犯は合祀された。

靖国神社には、不幸な歴史ゆえの様々な批判がある。同時に、そこに亡き人の魂が眠ると信じ、祈りを捧げる遺族もいる。A級戦犯の合祀によって、静かな祈りの空間は、にわかに騒がしくなった。

近隣諸国からの批判のみならず、合祀に不快感を示したといわれる天皇の靖国参拝も、もう40年、行われていない。私の知る靖国には、本来は国が行うべき戦死者の遺族への対応に真剣に取り組んでいる人もいる。天皇の不在は痛恨の極みだろう。

本書によると、合祀されたA級戦犯14遺族のうち、8遺族は分祀を受け入れる意思を示している。ゆえに、「『天皇と遺族のどちらの意にも反した慰霊とは、一体だれのための慰霊なのか』という素朴な疑問も広がりつつある」という。

総理大臣の靖国参拝も、おりにふれ物議を醸す。彼らはいつも「戦死者の慰霊のため」と胸を張る。だが死者の存在を自らの「主張」に利用するかのような姿勢に、真の「祈り」の気配は感じられない。

靖国神社には、私の伯父も神として祭られている。静かな山村の囲炉裏端で、曽祖父の話に耳を傾けていた、父の兄。20歳の若さで無謀な戦いに駆り出され、骨すら戻らなかった。

死者が言葉を持つならば、一度じっくり聴いてみたい。伯父さん、現在の靖国の居心地はいかがですか、と。

ほりかわ・けいこ/'69年、広島県生まれ。ジャーナリスト。『教誨師』で第1回城山三郎賞受賞。著書に『永山則夫 封印された鑑定記録』(岩波書店)等。最新刊『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)

※この欄は大林宣彦、堀川惠子、熊谷達也、生島淳の4氏によるリレー連載です

『週刊現代』2015年11月7日号より