ノーベル物理学賞・梶田隆章「地の底でトロッコに乗った下積みの日々」

独占インタビュー60分!
週刊現代 プロフィール

「実験にどっぷりと浸かった毎日でしたね。半年ほど経って、だんだんデータが集まってきたが、陽子崩壊に関しては思ったような成果が出ない。

そこで小柴先生の発案で、カミオカンデを大改造し、太陽ニュートリノの観測に舵を切ることになりました。驚きましたが、カミオカンデにとっては大きな転機となりました。

この時期はまだ、鉱山の操業時間に合わせて研究をするので、夜は原則的に研究ができません。そんな時は、みんなでお酒を飲みながら、議論を交わしたり、改造したカミオカンデでの実験の夢を話したりと、楽しい時間を過ごしました。私たちが挑む相手は自然現象。どうなるかは神のみぞ知ることです。それでも、なんとか観測してやろうと息巻いていました」

重力波にかける熱き思い

その後、東大素粒子物理国際研究センターの助手となっていた梶田教授は、'86年の秋、カミオカンデでの観測でニュートリノの観測数が理論値よりも少ないということに気づいた。

そこで、ニュートリノが変化する『ニュートリノ振動』という現象が脳裏をよぎったことが、ノーベル賞へとつながっていく。

「それでも初めは自分たちのデータ解析に間違いがあるのだろうという疑念のほうが強かったんです。さらなるデータ解析を続け、明確な自信を持つまでには1年ほどかかりました」

'96年になり、カミオカンデを大幅に高性能化した、スーパーカミオカンデが稼働を始めたことで『ニュートリノ振動』の観測に成功する。この発見はこれまでの素粒子物理学を次の段階へ進ませる画期的なものだった。

「私は実験屋ですから、やっぱり理論屋の人たちが予想したものとは違う現象を実証することに面白さを感じます。実験は理論を確認するだけのものではありません。観測事実があれば、それを説明する理論が必要になる。あるいは逆に先行する理論があり、それを実験で証明する。そうやって互いにステップアップしていくことで、科学というものは進化していくものだと思うのです。

現在、日本ではスーパーカミオカンデの次世代機である『ハイパーカミオカンデ』の建設計画も進んでいます。100万tの大型タンクを設置し、スーパーカミオカンデで100年かけて集めるデータをわずか5年で収集することができます」

梶田教授が手塩にかけたスーパーカミオカンデをさらに進化させようと試みている背景には、この分野が激しい国際競争にさらされているという事情がある。

アメリカのフェルミ研究所は、日本の宇宙線研究所の20倍以上の予算を有し、ヨーロッパでは各国が結束して建設したCERNが新たな成果を挙げている。さらには、隣国の中国までも素粒子物理学の分野に参入して日本としのぎを削り始めた。

「ニュートリノの次に私が目標としているのは『重力波』の検出です。これは一般的に知られている『重力』の現象の一つと考えていただければわかりやすいと思います。